残滓の谷へ出発――境界の風へ
北門へ向かう途中――
王都は朝陽を浴びて輝いていたが、
どこか“色が薄く”見える気がした。
(……いや、気のせいじゃない。
世界の揺れが昨日からずっと“浅い”……
まるで呼吸が浅い人みたいに……不安定だ)
ソーマの耳奥には、
微かなざらつきが絶えず漂っていた。
――ザ……ザ……。
(……あれが《残滓の谷》からの声……
呼ばれてる……)
そんな不安を抱えつつ北門へ到着すると――
「おーい!! こっちだ!!」
門横で手を振っている人物がいた。
中背で痩せ気味、
眼鏡をかけた青年術士。
「……誰?」
ソーマが小声でリュミに訊く。
「天象庁の……地形観測担当の人です」
リュミが答える。
「ああ、“地形オタク”のルードか」
ガルムがぽんと手を叩いた。
「地形オタクって言うな!!」
青年術士――ルードが全力で抗議した。
「お前、図星だろ」
「図星なのは否定しねぇけど言わなくていいだろ!!」
だいぶ扱いが雑だった。
◆
ルードが咳払いし、丁寧に頭を下げた。
「初めまして予報持ち(よほうもち)殿。
今回、案内役を務めますルード・アルマンです」
「あ、どうも……ソーマです」
ソーマも頭を下げる。
「で、ルード。
“例の場所”はどうやって行くんだ?」
セシリアが本題に切り込む。
ルードは地図を広げ――
いきなり真ん中を指で“つまむように”持ち上げた。
「えっ……何して……」
「ここです」
「地図が曲がった!?!?」
ソーマが叫ぶ。
「あー……これ“地形重奏”だな」
ガルムが適当に言う。
「何それカッコつけた適当ワード!?!?」
ソーマが即ツッコミ。
ルードは説明した。
「《残滓の谷》は本来、
地図に載る“層”とは別の地形に属しているんです。
大陸の境界がずれるとき――
地形そのものが“二重化”することがあって」
「に、二重化……?」
「はい。
その“上層”と“下層”の狭間に、
半消失領域ができる。
そこが……《残滓の谷》です」
「ちょっと待って理解が追いつかない!!」
「簡単に言うと――」
セシリアが指三本で説明する。
「大陸が動く → 地形がズレる → 空白ができる → 落ちると死ぬ」
「最後だけ急に物騒!!」
「うるさいわね、事実でしょ」
「否定はしないけど言い方!!」
◆
ルードは地図を直し、
重い言葉を残した。
「《残滓の谷》は……
“世界が失敗した場所” と言われています」
風がひんやりと冷たい。
「失敗……?」
リュミが呟く。
「世界が世界であるために、
本来流れるはずの霊脈が“途切れる”場所。
空が歪み、大地が波打ち、
迷ったら二度と出られないと言われています」
「二度と……?」
ソーマの心臓が跳ねる。
「安心しろ。
お前たちは戻ってくる」
ガルムがにやりと笑う。
「根拠は?」
セシリアが冷たい目を向ける。
「気合い」
「最悪の根拠!!」
リュミがほわっと微笑んで言う。
「大丈夫ですよ……ガルさんの“気合い”は、
だいたい本当に何とかなるので……」
「フォローになってるようでおかしいからねそれ!!」
ソーマが叫ぶ。
――その時。
――ザザ……ザ……。
ソーマの耳奥に揺れ。
『……さむ……い……
こわ……い……
おち……て……ない……』
「っ……!」
「ソーマさん!!?」
リュミが支えた。
「また声か!?」
ガルムが剣を抜きかける。
「違う……
敵意じゃない……
ただ……“寒い”って……」
「寒い?」
セシリアが眉をひそめる。
「《残滓の谷》の気温は低い。
霊脈が途切れているせいで温度が下がるんだ」
ルードが補足する。
「ってことは……」
ソーマが呟く。
(あの声は……
本当に“谷”から呼んでる……)
「……助けを求めてるのかもしれない」
リュミが静かに言った。
「あの影の……“残った部分”が……?」
「そうだろうな」
ガルムが腕を鳴らす。
「行くしかないだろ、ソーマ」
「……ああ。
行かなきゃ……」
◆
門兵が門を開ける。
――ギギィ……。
外気が冷たく、
王都とは違う空の色が広がった。
ルードが先頭に立つ。
「では案内します。
《残滓の谷》へ」
ソーマたちは深呼吸し、
境界の地へ足を踏み出した。
世界の“継ぎ目”へ。
誰かの「助けて」が届いた場所へ。




