残滓の谷へ――天象庁からの招集
ソーマの耳に響いた声――
『こっちにきて』。
その余韻がまだ残るなか、
一行は天象庁本部へと戻った。
廊下には急ぎ足の職員たちが行き交い、
昨夜の影災がまだ終わっていない空気が漂っている。
「なんか……みんなピリピリしてるな」
ソーマが呟く。
「当然よ。
裂け目が閉じてない可能性が出てきたんだから」
セシリアは眉をひそめる。
「なあソーマ、例の声って……
本当に“まだ何かが落ちてくる”って意味なのか?」
ガルムが低い声で訊く。
「……いや。
“落ちてくる”ってより――
“落ちきってないものが、まだどこかに残ってる”感じだった」
「言い方が怖ぇんだけど」
「怖いですよね……」
「怖くないわけないでしょ……!」
三人から総ツッコミ。
(俺だって怖いよ!!
でも説明しないと余計に不安にさせるし……)
そんな会話をしていると――
「お前ら、来たか」
どこか渋い声。
振り向けば、
天象庁第一部隊長――
レオン・ファルガードが立っていた。
「レオン隊長……」
「よく戻ったな」
彼はいつもの寡黙な表情だが、
昨夜より少しだけ表情が柔らかい。
「話は聞いた。
“影の声”がまだ続いてるそうだな、ソーマ」
「……はい」
「そして場所の特定は――
地図にない場所だと?」
「……その……
すみません、曖昧で……」
ソーマは申し訳なさそうにうつむく。
だがレオン隊長は首を振った。
「謝るな。
お前の能力はまだ世界最前線だ。
曖昧でも十分に価値がある」
「……っ」
(そんな真面目な顔で言われたら……
なんか……嬉しいじゃん……)
「で、その地図にない場所というのが――
測候院の古文書にだけ記載があったらしい」
セシリアが一歩前へ出た。
「測候院の古文書……?
まさか……」
「そう。
《残滓の谷》――」
リュミが息を呑む。
「やっぱり……!」
「おいおい……実在すんのかよそれ……」
ガルムが肩をすくめた。
レオン隊長は、重々しく続ける。
「確認したところ――
《残滓の谷》は、世界の境界に近い“半消失領域”だそうだ」
「半消失……?」
ソーマが思わず聞き返す。
「大陸同士がずれるときに生じる“隙間”。
霊脈も地図も届かない、
通常の観測では行けない場所だ」
「通常の観測では……?」
セシリアは息をのむ。
「つまり……現地に行くしかないってことね」
「そういうことだ」
レオン隊長が頷く。
「天象庁はお前ら四人に、
《残滓の谷》の調査任務を任せるつもりだ」
「え?」
ソーマの口がぽかんと開く。
「え?じゃない。
戦ったのも、お前らが一番理解してるのもお前らだ」
「いやいやいや!!
地図にない場所に行けって!?
地図がないと迷うでしょ!!」
ソーマが悲鳴を上げる。
「迷うな」
「いや無理だろ!!」
「迷ったら戻ってくればいい」
「戻れるなら困らないって!!」
「お前ならできる」
「なんでそうなる!?」
――レオン隊長はソーマの“想像以上の評価者”だった。
ガルムが肩を叩く。
「まぁ……ソーマなら行けるだろ」
「お前も言うな!!
勝手にハードル上げんな!!」
「大丈夫ですよ……ソーマさんなら」
リュミがにこっと微笑む。
「リュミまで!!!
今日みんな俺に甘くない!?」
セシリアがため息をつく。
「そうやっていつも信頼されてる自覚持ちなさいよ」
「その言い方もなんか腹立つ!!」
そんないつもの掛け合いを交えながら、
レオン隊長は真剣に告げる。
「《残滓の谷》には、
昨夜の原初影の“残った部分”が
落ちている可能性が高い」
「残った……部分……」
(……昨日の声……
あれが“呼んでいた先”が――)
(《残滓の谷》……?)
リュミがそっと言う。
「ソーマさん……
もし“影の声の主”が、そこにいるなら……
放っておけませんね」
「……ああ。
あの“助けて”って声……
無視できるわけないよな……」
レオン隊長が、最後にはっきりと宣告した。
「よし。
正式な任務として命令する」
「天象庁特別観測班ソーマ隊。
《残滓の谷》への調査に向かえ」
「……ソーマ隊……」
ソーマは固まった。
「お前ら四人のことだ」
レオン隊長が淡々と言う。
「いや……名付けるの早くない!?
俺、隊長になる流れなの!??」
「当たり前だろ。予報持ちだぞ?」
「なんでその理屈で納得できると思った!??」
「ソーマさん隊長……いいと思いますよ」
リュミが素直に微笑む。
「俺は“暴れ担当”で十分だ!」
ガルムは元気に親指を立てる。
「私は副官やるから問題ないわ」
セシリアは勝手に役職を決めていた。
「いや話聞いてぇぇぇぇ!!?!?」
ソーマが頭を抱えた。
だが――
耳奥にまた、揺れが走る。
――ザ……ザ……ッ。
『……みつけて……
ここ……さむ……い……』
ソーマの表情が一瞬で真剣に変わった。
(寒い……?
やっぱり《残滓の谷》に……何かが……)
「……レオン隊長。
俺たち……すぐに出発します」
「よし。
準備ができたら北門へ来い。
案内役をつけておく」
任務は決まった。
行き先は、
世界の“境界に落ちる場所”。
《残滓の谷》――
この世界の「外側」に最も近い領域。
その最深部で、
誰かがソーマを呼んでいる。




