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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第一章

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影の残滓調査と、声の手がかり

 王都レウェン中央区の朝は――

 依然としてどこかざわついていた。


 昨日の影災えいさいが、市民たちの心に

 消えない不安を残しているのだろう。


 とはいえ、ソーマたちは一旦王都を歩く許可を得ていたため、

 午前は自由行動となった。


 だが。


 とても“自由”とは言えない空気が漂っていた。


「……ソーマさん、

 さっきから顔が死んでますけど……大丈夫ですか?」

 リュミが心配そうに訊く。


「いや……なんか……

 測候院と神殿の視線を昨日からずっと感じるんだよ……」


「分かります。

 向こうの通りからも、あっちの角からも……

 絶対見てます」

 リュミが淡々と言う。


「えっ、見えてるの!?同調で!?!?」

「はい。“視線の揺れ”って分かるんです」


「やめてよその怖い能力!!」


 セシリアが腕を組んで溜息をつく。


「まあ……測候院と神殿に

 “予報持ち”と“巫女”がセットで歩いてたら、

 そりゃ監視も入るわよ」


「セットって言わないで!!」

「セットでしょ」

「完全にセットだ」

「セットですね……」


「三方向から押し切られるのやめて!?」



 そんな軽口を交わしながら、

 一行は王都外縁部の“影落ち地点”へ向かった。


 天象庁の若手術士が周囲を封鎖し、

 残滓ざんしの調査をしている。


「おつかれさまです。

 昨夜の“原初影げんしょえい”が

 落下した地点ですね」

 セシリアが担当術士に声をかける。


「セシリア先輩!

 こちら、《影痕えいこん》が残っています。

 ただ……消えないんです」


 影痕えいこん

 影化えいかが物質に残る“黒い染み”。


 ソーマはその黒痕こくこんを見つめる。


 昨日見たときより――

 広がっている。


「……広がってる……よね……?」


「うそだろ……!?

 影って広がるのか!?」

 ガルムが目をむく。


 セシリアが魔導計測器を当てて数値を読み取る。


「……残滓密度が……上がってる。

 昨夜より“濃く”なってる……。

 こんなの、教科書に載ってないわ」


「じゃあ……どうするんだ?」

 ソーマが訊ねる。


「原則としては浄化じょうかだけど……

 神殿でも時間がかかるレベルよ。

 異世界残滓ざんし相当だし……

 そもそも性質が違いすぎる」


「つまり……放っておくしか?」

 ソーマの声が暗くなる。


 すると――

 リュミが黒痕こくこんにそっと手を近づけた。


「……揺れてます……

 この影……まだ……“何かが”残ってます……」


「何か?」

 セシリアが眉をひそめる。


「言葉……のような……

 感情……のような……

 とても弱い……“声の残りかす”みたいな……」


 ソーマの心臓が跳ねる。


(声……

 昨日の“助けて”……

 今朝の“見つけて”……

 あれと……同じ……?)


 リュミが瞳を震わせる。


「この影……

 “呼んでる”感じがします……

 どこかへ……誰かへ……」


 風が静かに流れた。


(……やっぱり……耳に聞こえてる声は……

 幻聴じゃない……)


(“影の残滓”が……

 俺に向けて……何かを伝えようとしてる……)


「ソーマ。聞こえてるの?」

 セシリアが真剣な声で問う。


「……少しだけ。

 でも内容は……分からない。

 『見つけて』とか……『助けて』とか……そんな感じ」


「うわ……完全に“呼びかけ”じゃん……」

 ガルムが顔をしかめた。


「でも……どうしてソーマさんだけが?」

 リュミがソーマの袖を掴む。


 ソーマは口をつぐむ。


(……分からないけど……

 “俺の予報と影残滓ざんしが同期してる”せいかもしれない)


(もしかして……

 影は“俺を経由して”この世界に来てる……?)


 そんな考えが脳裏をよぎる。


「ソーマ」

 セシリアが静かに言う。


「隠さないで。

 ……今のあなた、顔色が悪すぎる」


「いや……大丈夫。

 ただ……ちょっと思い出してただけ」


「ならいいけど……」

 セシリアは引き下がる。


(……今ここで言ったら、

 測候院にも神殿にも連れていかれるかもしれない……

 それだけは、今は絶対にダメだ……)


 リュミがそっと寄り添う。


「ソーマさん……

 無理はしないでくださいね。

 “聞こえないふり”を続けたら……

 いつか壊れます」


「……ありがとう、リュミ」


 リュミはただ微笑んだ。



 調査を終え、王都へ戻ろうとしたとき――

 ソーマの耳奥に、突如として強い揺れが走った。


――ザザッ!!


「っ……!」


「ソーマさん!?」

 リュミが慌てて支える。


(……これは……!!

 今までより強い……!!)


――ザ……ザ……ザ……ッ。


『……こ……こえ……る……?

 み……つけて……

 まだ……“落ちてない”……』


「落ちてない……!?」


「ソーマ!」

 セシリアが駆け寄る。


「何が落ちてないの!? 影!? 裂け目!?

 情報言って!!」


 ソーマは額を押さえたまま呟く。


「……“影の本体”は……

 まだアステリアに落ちきってない……

 どこか……別の場所に……引っかかってる……」


「別の場所!?」

「どこだよそれ!?」

 ガルムが叫ぶ。


 ソーマは揺れの方向を必死に追う。


(揺れ……揺れ……

 これは……“北東”……?

 いや……もっと深い……

 地図にない……!?)


「……位置が……

 地図にない……!!」


「地図にないってどういうこと!?」

 セシリアとガルムが同時に叫ぶ。


 リュミが小さく息をのむ。


「……“残滓ざんしの谷”……?」


「残滓の谷?」

 ソーマが振り向く。


「……昔、一度だけ聞きました。

 “世界の欠片が溜まる、どこにも属さない場所”。

 ――でも、記録にも地図にも残ってないはずの……」


 ソーマは、その言葉に

 自分の耳の揺れが“反応した”のを感じた。


(……あそこに……“声の主”が落ちている……?)


 次の瞬間、

 揺れがひとつだけ明瞭に響いた。


――『……こっち……に……きて……』


 背筋が凍る。


 確かに聞こえた。


「ソーマさん……?」

 リュミがそっと手を握った。


 ソーマは小さく答える。


「……影は……

 俺たちを“呼んでる”」


 風が音もなく吹いた。


 王都の雑踏が遠のき、

 ソーマの脳裏には――


 昨日霧散した原初影げんしょえいの“白い目”が、

 ゆっくりと浮かんでいた。

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