影の残滓調査と、声の手がかり
王都中央区の朝は――
依然としてどこかざわついていた。
昨日の影災が、市民たちの心に
消えない不安を残しているのだろう。
とはいえ、ソーマたちは一旦王都を歩く許可を得ていたため、
午前は自由行動となった。
だが。
とても“自由”とは言えない空気が漂っていた。
「……ソーマさん、
さっきから顔が死んでますけど……大丈夫ですか?」
リュミが心配そうに訊く。
「いや……なんか……
測候院と神殿の視線を昨日からずっと感じるんだよ……」
「分かります。
向こうの通りからも、あっちの角からも……
絶対見てます」
リュミが淡々と言う。
「えっ、見えてるの!?同調で!?!?」
「はい。“視線の揺れ”って分かるんです」
「やめてよその怖い能力!!」
セシリアが腕を組んで溜息をつく。
「まあ……測候院と神殿に
“予報持ち”と“巫女”がセットで歩いてたら、
そりゃ監視も入るわよ」
「セットって言わないで!!」
「セットでしょ」
「完全にセットだ」
「セットですね……」
「三方向から押し切られるのやめて!?」
◆
そんな軽口を交わしながら、
一行は王都外縁部の“影落ち地点”へ向かった。
天象庁の若手術士が周囲を封鎖し、
残滓の調査をしている。
「おつかれさまです。
昨夜の“原初影”が
落下した地点ですね」
セシリアが担当術士に声をかける。
「セシリア先輩!
こちら、《影痕》が残っています。
ただ……消えないんです」
影痕。
影化が物質に残る“黒い染み”。
ソーマはその黒痕を見つめる。
昨日見たときより――
広がっている。
「……広がってる……よね……?」
「うそだろ……!?
影って広がるのか!?」
ガルムが目をむく。
セシリアが魔導計測器を当てて数値を読み取る。
「……残滓密度が……上がってる。
昨夜より“濃く”なってる……。
こんなの、教科書に載ってないわ」
「じゃあ……どうするんだ?」
ソーマが訊ねる。
「原則としては浄化だけど……
神殿でも時間がかかるレベルよ。
異世界残滓相当だし……
そもそも性質が違いすぎる」
「つまり……放っておくしか?」
ソーマの声が暗くなる。
すると――
リュミが黒痕にそっと手を近づけた。
「……揺れてます……
この影……まだ……“何かが”残ってます……」
「何か?」
セシリアが眉をひそめる。
「言葉……のような……
感情……のような……
とても弱い……“声の残りかす”みたいな……」
ソーマの心臓が跳ねる。
(声……
昨日の“助けて”……
今朝の“見つけて”……
あれと……同じ……?)
リュミが瞳を震わせる。
「この影……
“呼んでる”感じがします……
どこかへ……誰かへ……」
風が静かに流れた。
(……やっぱり……耳に聞こえてる声は……
幻聴じゃない……)
(“影の残滓”が……
俺に向けて……何かを伝えようとしてる……)
「ソーマ。聞こえてるの?」
セシリアが真剣な声で問う。
「……少しだけ。
でも内容は……分からない。
『見つけて』とか……『助けて』とか……そんな感じ」
「うわ……完全に“呼びかけ”じゃん……」
ガルムが顔をしかめた。
「でも……どうしてソーマさんだけが?」
リュミがソーマの袖を掴む。
ソーマは口をつぐむ。
(……分からないけど……
“俺の予報と影残滓が同期してる”せいかもしれない)
(もしかして……
影は“俺を経由して”この世界に来てる……?)
そんな考えが脳裏をよぎる。
「ソーマ」
セシリアが静かに言う。
「隠さないで。
……今のあなた、顔色が悪すぎる」
「いや……大丈夫。
ただ……ちょっと思い出してただけ」
「ならいいけど……」
セシリアは引き下がる。
(……今ここで言ったら、
測候院にも神殿にも連れていかれるかもしれない……
それだけは、今は絶対にダメだ……)
リュミがそっと寄り添う。
「ソーマさん……
無理はしないでくださいね。
“聞こえないふり”を続けたら……
いつか壊れます」
「……ありがとう、リュミ」
リュミはただ微笑んだ。
◆
調査を終え、王都へ戻ろうとしたとき――
ソーマの耳奥に、突如として強い揺れが走った。
――ザザッ!!
「っ……!」
「ソーマさん!?」
リュミが慌てて支える。
(……これは……!!
今までより強い……!!)
――ザ……ザ……ザ……ッ。
『……こ……こえ……る……?
み……つけて……
まだ……“落ちてない”……』
「落ちてない……!?」
「ソーマ!」
セシリアが駆け寄る。
「何が落ちてないの!? 影!? 裂け目!?
情報言って!!」
ソーマは額を押さえたまま呟く。
「……“影の本体”は……
まだアステリアに落ちきってない……
どこか……別の場所に……引っかかってる……」
「別の場所!?」
「どこだよそれ!?」
ガルムが叫ぶ。
ソーマは揺れの方向を必死に追う。
(揺れ……揺れ……
これは……“北東”……?
いや……もっと深い……
地図にない……!?)
「……位置が……
地図にない……!!」
「地図にないってどういうこと!?」
セシリアとガルムが同時に叫ぶ。
リュミが小さく息をのむ。
「……“残滓の谷”……?」
「残滓の谷?」
ソーマが振り向く。
「……昔、一度だけ聞きました。
“世界の欠片が溜まる、どこにも属さない場所”。
――でも、記録にも地図にも残ってないはずの……」
ソーマは、その言葉に
自分の耳の揺れが“反応した”のを感じた。
(……あそこに……“声の主”が落ちている……?)
次の瞬間、
揺れがひとつだけ明瞭に響いた。
――『……こっち……に……きて……』
背筋が凍る。
確かに聞こえた。
「ソーマさん……?」
リュミがそっと手を握った。
ソーマは小さく答える。
「……影は……
俺たちを“呼んでる”」
風が音もなく吹いた。
王都の雑踏が遠のき、
ソーマの脳裏には――
昨日霧散した原初影の“白い目”が、
ゆっくりと浮かんでいた。




