影の声と、王都の日常
影災から一晩が明け、
王都レウェンは“普段の喧騒”を少しずつ取り戻しつつあった。
市場の店は半分が開き、
職人が壊れた屋根を修理し、
子どもたちは“影ごっこ”という危険な遊びを始めてお母さんに怒られていた。
「おまえら影ごっこやめろ!
昨日のを真似するなぁ!!」
「だって黒かったんだもん!!」
「黒くてもダメ!!」
そのやりとりを横目で見ながら、
ソーマたちは王都中央区へ向かっていた。
天象庁から正式な待機命令が出るまで、
市街地での行動は自由らしい。
「とりあえず……朝飯だな」
ガルムが腹をさすりながら言う。
「昨日からそれしか言ってないよガル……」
ソーマが苦笑する。
「いや、腹が減るだろ普通に!
世界がどうだ影がどうだって話のあとだと、
めっちゃお腹減るんだよ!!」
「ガルさんの場合、戦ってる最中からお腹減ってません?」
リュミが控えめに指摘する。
「うっ……それはまあ……否定はしねぇ……」
「否定しないのか……」
「ですよね……」
ソーマとセシリアが同時に呆れた。
中央通りに入ると――
美味しそうな香りが漂ってきた。
「あっ、パン屋さんが開いてます!」
リュミがほっと笑う。
「おお……!焼きたての匂いだ!!」
ガルムが吸い寄せられる。
「おーい、そっち行くと財布が死ぬぞ」
ソーマがガルムの襟首を掴む。
「おい離せ!!飯の匂いが俺を呼んでるんだ!!」
「知らないよそんな声!!」
「でも……美味しそうです……」
リュミまでパンの方を見てしまう。
「リュミまで!?」
「みんな朝から食欲しかねぇな……」
セシリアが呆れつつも、
実は自分もパン屋の方を見ていた。
「あ、セシリアさんも見てる」
「見てない!!」
「見てました」
「見てるな」
「……見てたわよ!!悪い!?」
セシリアが逆ギレしてきて、
ソーマは吹き出した。
「じゃあ……買うか。
今日は俺がおごるよ」
「えっ……ソーマさんが……!?」
リュミが目を丸くした。
「そんなに珍しいの!?」
「珍しいわね」
「めちゃくちゃ珍しい」
「超珍しいぞ!!」
「お前ら俺を何だと思ってんだよ!!」
「ケチ」
「倹約家」
「財布が渋い」
「財布を殴りたがる」
「最後だけ意味分からんわ!!」
そんなに言われたら泣くぞ。
――そして四人はパン屋に入った。
◆
「焼きたてのハチミツパンありますよー!」
「あ、おいしそうです!」
リュミが目を輝かせた。
「ハチミツ……蜂の巣から……?」
ガルムが謎の警戒心を持つ。
「蜂の巣からじゃなかったら何からだよ!!」
ソーマがツッコむ。
「いや……魔力蜂だったら危ねぇだろ……」
「ああ……それは確かに……」
「魔力蜂は違法捕獲ですよ」
セシリアが冷静に指摘した。
「じゃあ安心だ。食うぞ!!」
「一番食べたがってるじゃん!!」
ソーマが突っ込む。
結局、
ソーマはみんなの分のパンを買い、
外のベンチに腰掛けて朝食タイムとなった。
「うまっ……!」
「このパン……ふわふわです……」
「バターの塩気が絶妙だ……」
「甘ぇ……幸せ……」
ソーマはパンをかじりながら、
ふと思う。
(……こうして普通に食べてるのが一番幸せだな……
昨日みたいな影の大惨事より、よっぽど“世界が健康”って感じがする)
と、その瞬間。
――ザ……ザ……。
耳奥に、微かな揺れ。
(また……!)
声が混じる。
『……み……つ……け……て……』
「……っ!」
パンを落としそうになる。
「ソーマさん?」
リュミが覗き込む。
「いや……なんでも……
ただちょっと耳鳴りが……」
「またかよ」
ガルムが眉をひそめる。
セシリアはパンをかじりながら分析する。
「昨日の影災による名残ね。
霊脈の乱れがまだ消えてない。
敏感な人はしばらくこうなることがあるわ」
(……そうなのか……?
本当に“名残”なのか……?)
ソーマには、あの声がただの耳鳴りとは思えなかった。
(だって……
“助けて”とか“見つけて”とか……そんな耳鳴りあるか?)
しかし、今言っても
リュミたちを不安にさせるだけだ。
「大丈夫。
ただの……疲れだよ、多分」
ソーマは笑って見せた。
けれど――
リュミだけが、ソーマの目をじっと見て言う。
「……ソーマさんは優しいですね」
「えっ……なんで?」
「本当は何かあるのに……
私たちを安心させるために笑う時、
いつも目が少しだけ揺れるんです」
「……っ」
ソーマは言葉を失った。
(……すごいな……
やっぱりリュミは“揺れ”を読んでるんだ……
俺が隠そうとしてることまで……)
リュミはそっと微笑んだ。
「でも……言いたくなったときに言ってください。
私はソーマさんの“声の揺れ”も聞けますから」
(……なんだよそれ……
惚れさせる気か……?)
ソーマは胸が軽くなった気がした。
◆
パンを食べ終え、
四人が歩き出したとき――
「――おや、天象庁の皆さまじゃありませんか」
前方から、
白銀の装束をまとった一団が歩いてきた。
「神殿の連中だ……」
ガルムが小声で言う。
中央に立つのは、
穏やかな笑みを浮かべた長身の女性。
「大神官マリエル……!」
セシリアが一瞬で警戒を強める。
(うわあ……来た……!
測候院の次は神殿かよ……!!!)
マリエルは優雅に微笑む。
「昨夜の影災、
見事な働きでしたね、予報持ち(よほうもち)さん」
「ひっ……」
ソーマが思わず後ずさる。
(こえぇ……!
笑顔なのに圧がすごい……!!
何この宗教トップ特有の威圧感……!?)
マリエルの視線は、優しいのに鋭い。
「あなたの“声の予兆”……
ぜひ神殿でも観測させていただきたいのです。
神々の御意志に関係する可能性があるので」
「い、や、あの……あはは……」
ソーマの頬が引きつる。
(来た……!
絶対来ると思ったけど、よりによって朝イチで来るなぁぁ!!)
しかしここで――
リュミがスッと前に出た。
「大神官マリエルさま。
ソーマさんは……昨日の戦いで
まだ休めていません。
どうか、今日はそっとしておいてください」
「あら……」
マリエルは微笑んだまま、目を細める。
「白光の巫女。
あなたの言葉なら無下にはできませんね」
周囲の神官たちがざわつく。
「さすが巫女さま……」
「お言葉だけで大神官が……」
「やはり同調の力……」
リュミはうつむいて小さく言う。
「……そんな……大したものじゃ……」
(いや大したものだよ!?!?
なんでそんな謙虚なんだよ!!)
マリエルは最後にやわらかく告げた。
「ではまた、日を改めてお伺いします。
ソーマさんの“声”。
神も、お待ちになっていますから」
(やめてその言い方ぁぁぁ!!
恐怖しか感じねぇ!!)
神殿一行が去ったあと――
「ソーマさん……
人気ですね……」
リュミが困ったように笑う。
「人気っていうかさ……
これもう“逃げられない”って意味だよね……?」
「そうね」
セシリアが真顔でうなずく。
「測候院も神殿も、
あなたを狙ってるわよ」
「狙ってるって言うな!!」
ソーマが絶叫する。
ガルムはソーマの肩をバンバン叩いた。
「でもよ、ソーマ。
お前がいないと世界が死ぬんだろ?」
「そんな責任重く言うなよ!!」
「まあ……事実だが」
「事実だけど言い方ぁ!!」
そんな騒がしいやり取りの裏で――
――ザ……。
ソーマの耳奥にまた揺れが走った。
『……みつけ……て……
た……すけ……て……』
声は少しずつ強くなっている。
(……見つけて……
“誰を”……だ……?)
風が静かに流れた。
王都の喧騒の中で、
ソーマだけが別の“世界の声”を聞いていた。




