天象庁内部調査と、沈黙の正体
セシリアに案内され、
ソーマたちは天象庁本部の休憩室でひと息ついた。
「すごい……本部、全部きれい……」
リュミエールが感嘆の息を漏らす。
白い壁、魔導灯、整理された資料棚。
どこもかしこも“研究機関”の匂いがする。
「なんか……IQが上がりそうな空気だな」
「ソーマさん、IQは空気で上がらないですよ」
「嘘だッ!? じゃあ俺は何を感じてたんだ!?」
「知らないです……」
そんな言い合いをしているうちに、
テーブルにはパン、スープ、果実が並べられた。
ガルムはさっそくパンを丸かじりしながら言う。
「うめぇ!! やっぱ王都の飯は違うな!」
「ガルムさん、僕らまだ座ってもいないんですが」
「遅ぇんだよ!」
「言い方が完全に体育会系だわ!」
セシリアは白衣のまま、壁際で腕を組んでいた。
「……落ち着いた? 食べた?」
「いただいてます」
「じゃあ説明するわ。
ソーマ、あなたの“沈黙の予報”について」
「もう“ソーマが飯を飲み込む時間”を待つ気ゼロですね……」
「当然よ。あなた研究対象なんだから」
「対象呼びやめて!!」
リュミエールがそっとフォローするように席を詰める。
「セシリアさん、ソーマさん緊張してますから、優しく……」
「分かった。じゃあ、言い方を変えるわ」
セシリアはソーマの前に椅子を引き寄せ――
にこりともせず、淡々と言った。
「あなたはとっても興味深い実験サンプルよ」
「もっと悪化してない!?!?」
「珍しい能力なんだから、扱いも珍しくなるでしょ」
「“珍しい”の方向を間違ってるんだよ!!」
ガルムは飲んでいたスープを吹きそうになった。
「ぷっ……ソーマ、がんばれ……!」
「お前、笑い堪えてるの見えてるからな!?」
そんな混沌とした空気を、
セシリアが手のひらの魔導パネルを展開して引き締めた。
「――さて。
本題に入るわ」
一瞬だけ、部屋の空気が静まる。
セシリアはパネルの数値を指し示す。
「まず、“沈黙の予報”って言っていたわね?
声も内容も届かない状態」
「はい……。
本当に何も聞こえなくなるんです。
でも揺れだけは強くなる」
「それ。
天象庁の言葉で言うと――」
彼女は迷いなく言った。
「“空の圧壊状態”と一致するわ」
「圧壊……?」
ソーマとリュミは同時に声を上げた。
セシリアは淡々と続ける。
「大雑把に言うと、
空にかかってる“魔力の膜”が耐えきれなくなる時よ。
圧力が限界を超えると、本来発生するはずの
《魔力前震》が“音にならない”。
――結果、“沈黙”になる」
ソーマは背筋が冷たくなる。
「つまり……」
「ええ。
“何かとんでもない現象が起きる直前には、音が消える”。
逆に言えば――」
セシリアはソーマをまっすぐ見る。
「“あなたが沈黙を聞いた時点で、
天災級の揺れが確定している”」
「確定!? やめてよその言い方!!」
「落ち着きなさい。
別に“止められない”とは言ってないわ」
セシリアは淡く口角を上げる。
「むしろソーマが来たから“止められる可能性”が出たのよ」
「……俺が?」
「前震が“音になる前の残滓領域”を聞ける人間なんて、
そうそういないもの」
ソーマは思わず息を飲んだ。
(俺が……この異常を察知できる唯一の存在……?)
だが――
「でも、どうして俺だけ……?」
「それは知らない」
「知らないんだ!?」
「研究してみないと分からないでしょ?
だからあなたを解析――」
「解析って言った!!? 言った今!!?」
ガルムがまた笑いをこらえる。
「ソーマ、もう諦めろ。こいつはこういう奴だ」
「ほんとに諦めてほしいのはセシリアさんの方だよね……!?」
リュミエールがくすっと微笑む。
「でも……セシリアさんがこうして“前向きに”言ってくださるの、珍しいですよ?」
「珍しいの!?」
「ええ。普段はもっと冷たいです」
「今も十分冷たいよ!?」
セシリアは肩をすくめて言う。
「ただ、ひとつだけはっきり分かったわ」
その声は、天象庁の研究者としての真剣な声音だった。
「――“沈黙”が起きるのは、
王都の中心部。
おそらく《中央霊脈核》に異常がある」
部屋の空気が一気に重くなる。
リュミエールが息を呑んだ。
「中央霊脈核……それって……」
「大陸全体の霊脈が集まる“要”よ。
そこが乱れれば――
王国どころか、大陸の天候が崩壊する」
ソーマの耳奥が、また小さく揺れた。
ザ……。
(沈黙……まだ続いてる)
セシリアは立ち上がり、白衣の裾を払う。
「行くわよ。
中央霊脈核の観測室まで案内する」
「今から!?」
「当然でしょ。
あなたを解析――……
じゃなくて“観測”するためよ」
「今“解析”って言いかけたよね!?
絶対言いかけたよね!!?」
「聞き間違いじゃない?」
「いや完全に言った! ガル聞いたよな!?」
「ん? 聞こえなかったな」
「絶対聞こえてたよ!!」
ガルムは肩をすくめて笑う。
「まぁまぁ。
とにかく動くぞ。
腹も満たしたし、今なら死んでもいい気分だ」
「死ぬな!! せめていい気分のまま死ぬな!!」
「いい気分なら死んでも良いだろ?」
「良くないよ!!」
リュミエールがソーマの腕を引く。
「ソーマさん。
……一緒に行きましょう」
ソーマは息を呑むような表情で頷いた。
(沈黙が教えてるのは“警告”。
でも俺には、この二人がいる)
「……行こう。中央霊脈核へ」
三人とセシリアは、天象庁の奥へと向かった。
そこには――
“この世界の心臓部”が眠っていた。




