触れないという介入
何もしない、
という判断ほど
誤解されやすいものはない。
王都外縁の草地。
小さな魔力変動は、
相変わらず
そこにあった。
増えもせず、
消えもせず、
ただ
続いている。
セシリアは、
記録板を閉じたまま
言った。
「……観測値……
安定……」
「……でも……
傾向が……
出ない……」
それは、
観測者にとって
最も扱いづらい状態だった。
ガルムが、
辺りを見回す。
「……放っとく……
ってのは……
気分が悪いな……」
「……何か……
起きる気が……
しねぇ……?」
ソーマは、
首を振らなかった。
「……起きる……」
「……だが……
今じゃない……」
それは、
予測ではなく
感覚に近い言葉だった。
リュミが、
目を閉じる。
「……空が……
息を……
溜めています……」
「……触られるのを……
嫌がっています……」
その言葉に、
セシリアが
わずかに目を細める。
「……干渉すれば……
形が……
決まる……?」
「……はい……」
リュミは、
静かに頷いた。
「……触れた瞬間……
未来が……
一つに……
固まります……」
それは、
王都で
何度も見てきた光景だった。
最適化。
確定。
安心。
だが――
同時に、
選択肢の消失。
ソーマは、
深く息を吸った。
「……触れない……
というのは……」
「……放棄じゃない……」
「……介入だ……」
セシリアが、
小さく息を呑む。
「……何もしないことで……
形を……
決めない……」
「……つまり……
未来を……
開いたまま……」
「……そうだ……」
ソーマは、
足元の草を
踏み荒らさないよう
一歩下がった。
「……王都は……
決めすぎた……」
「……だから……
ここでは……
決めない……」
ガルムが、
舌打ちする。
「……危ねぇ橋……
渡ってんな……」
「……落ちるかも……
しれねぇぞ……」
ソーマは、
視線を上げた。
「……落ちる……
可能性を……」
「……最初から……
消すと……」
「……飛び方を……
覚えない……」
風が、
草を揺らす。
小さく、
だが確かに。
それは、
嵐の前触れではない。
呼吸だ。
夜。
天象庁の屋上。
報告は、
最小限にまとめられた。
「外縁部、
未分類変動あり。
継続観測中」
理由も、
結論も、
書かれていない。
若い職員が、
不安そうに言う。
「……これ……
後で……
問題に……
なりませんか……?」
ソーマは、
静かに答えた。
「……なる……」
「……だから……
今……
問題にしない……」
職員は、
戸惑いながらも
頷いた。
帳面を開く。
――触れないことは、
責任を放棄することじゃない。
――触れないことは、
未来を
閉じない選択だ。
――介入しないという介入は、
最も
重い判断になる。
ペンを置く。
王都の灯りは、
今日も整っている。
だが――
その外側で、
まだ
形を決めていない未来が
静かに息をしていた。
それを
壊さなかった。
それだけで、
今は
十分だった。




