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異世界に来たのに、俺だけ「前世の天気予報」が聞こえる  作者: キュラス
第四章

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遅れが救うもの

その日は、

何も起きないはずだった。


王都の空は、

低く曇り、

だが荒れてはいない。


急ぐ理由は、

どこにもない。


だから――

遅れた。


南区の細い路地。


天象庁の若い職員が、

いつもより

遅い足取りで

歩いていた。


掲示がなかった日。

判断表も、

更新されていない。


「……まあ……

 今日は……

 急ぎじゃ……」


そう呟き、

角を曲がる。


その瞬間、

足元の石畳が

わずかに沈んだ。


「……?」


止まる。


次の瞬間、

前方で

石が崩れ落ちる音。


もし――

いつもの速さなら。


もし――

判断表通りに

「問題なし」で

進んでいたら。


職員は、

そこに

いた。


崩れたのは、

古い排水溝の上。


通行人は、

誰もいない。


被害は、

なかった。


ただ――

遅れたことで、

誰も巻き込まれなかった。



その報告は、

すぐに

天象庁に届いた。


「……偶然……

 ですか……?」


若い職員が、

震える声で

言う。


ソーマは、

首を振った。


「……偶然だ……」


「……だが……

 必然にも

 なり得た……」


セシリアが、

静かに補足する。


「……速ければ……

 事故になってた……」


ガルムが、

深く息を吐く。


「……遅ぇのも……

 悪くねぇな……」



その日の夕方。


広場で、

噂が広がる。


「……南区で……

 崩れたって……」


「……でも……

 誰も……

 怪我してない……」


「……今日は……

 掲示……

 なかったよな……」


誰かが、

ぽつりと

言った。


「……急がなかったから……

 助かった……?」


その言葉は、

断定ではない。


だが――

速さと安全が

 結びつかなかった

 最初の経験だった。



夜。


屋上で、

リュミが

空を見上げる。


「……空が……

 少し……

 軽いです……」


「……遅れが……

 受け入れられました……」


セシリアが、

数値を確認する。


「……局所負荷……

 低下……」


「……でも……

 効率は……

 落ちてる……」


ソーマは、

静かに答えた。


「……効率が……

 命より……

 上に来たら……

 終わりだ……」



帳面を開く。


――遅れは、

 失敗ではない。


――遅れは、

 選ばなかった速さだ。


――そして時に、

 命を残す。


ペンを置く。


(……全部は……

 救えない……)


(……でも……

 救われる形は……

 選べる……)


王都の空は、

まだ曇っている。


だが――

人々の足取りは、

昨日より

少しだけ

慎重だった。


走らない。

急がない。

立ち止まれる。


それだけで、

世界は

ほんの少し

優しくなる。

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