答えより遅く歩け
王都に、
再び“速さ”が戻り始めていた。
判断表は更新され、
掲示は短くなり、
会話は結論から始まる。
「……要するに……
大丈夫、ってことで……」
「……時間ないし……
いつも通りで……」
速い。
正確そうで、
安心できる。
だからこそ――
危ない。
ソーマは、
その速さに
意図的に遅れた。
天象庁の朝会。
「本日の掲示、
どうしますか?」
視線が集まる。
ソーマは、
少し考え、
首を振った。
「……今日は……
出さない」
ざわめき。
「……昨日も……
出しましたよね……?」
「……必要だと……」
「……分かってる」
ソーマは、
ゆっくり言った。
「……速さが……
戻りすぎてる……」
「……今日は……
一日遅らせる」
理解されにくい判断だった。
だが――
誰も反論しなかった。
反論できるほど、
確信を持って
“正しい”と言える者が
いなかったからだ。
昼。
広場の掲示板は、
白いままだった。
人々は、
戸惑いながら
立ち止まる。
「……今日は……
何も……?」
「……珍しい……」
誰かが言う。
「……まあ……
急ぎじゃ……
ないし……」
それは、
遅れが生む余白だった。
午後。
小さな出来事が、
いくつも起きる。
商人が、
いつもより
ゆっくり店を開ける。
職人が、
作業前に
空を見る。
母親が、
子どもに
問いかける。
「……今日は……
どの道……
行きたい……?」
どれも、
小さい。
だが――
速さが、緩んだ証拠だ。
夕方。
青年は、
広場に立っていなかった。
彼もまた、
遅れていた。
夜。
天象庁の屋上。
リュミが、
空を見上げて
言った。
「……空が……
深く……
呼吸しています……」
セシリアが、
計測を確認する。
「……急激な変動……
なし……」
「……でも……
安定でも……
ない……」
ガルムが、
肩を回す。
「……遅ぇのも……
疲れるな……」
ソーマは、
夜空を見上げた。
(……答えは……
いつも……
速い……)
(……だから……
遅く歩く……)
帳面を開き、
短く書く。
――速さは、
安心を運ぶ。
――遅さは、
考えを連れてくる。
――答えより、
遅く歩け。
ペンを置く。
王都は、
今日も完全ではない。
だが――
誰も走っていない。
それだけで、
十分な一日だった。




