境界の朝
王都レウェンの朝は、
いつもより少しだけ静かだった。
市場は開いている。
鐘も鳴った。
人々も歩いている。
それでも――
どこか、
空気が張り付いている。
(……見られてるな)
ソーマは、
宿舎の窓から空を見上げた。
雲は普通に流れている。
青も、白も、
昨日までと変わらない。
だが、
“高さ”が違う。
(……もう、
下から見上げてない)
◆
◆境界点の日常
「おい、予報持ち」
背後から、
ガルムの声が飛んできた。
「朝飯、冷めるぞ」
「……はいはい」
食堂では、
いつもの席に
いつもの顔ぶれが揃っている。
パン。
スープ。
乾燥肉。
変わらない朝食。
「……なあ」
ガルムがスープをすすりながら言う。
「昨日のあれ、
もう一回やれって言われたら、
やるのか?」
ソーマは、
少し考えてから答えた。
「……同じ状況なら」
「即答じゃねぇんだな」
「同じには、
ならないからな」
セシリアが、
眼鏡の奥からちらりと見る。
「“再現性がない”
――最悪の答えね」
「悪いか?」
「研究者的には、
最高に嫌」
リュミは、
小さく笑った。
「……でも……
空は……
嫌がっていません……」
◆
◆変わった視線
天象庁へ向かう廊下。
すれ違う職員たちが、
一瞬だけ視線を逸らし、
それから頭を下げる。
「……あー……
慣れねぇな……」
ガルムがぼやく。
「……前は……
見下ろされてたのに……」
セシリアが皮肉る。
「今は?」
「……測られてる」
ソーマは、
その言葉に頷いた。
(世界と、
同じ高さに立ったら……
人からは、
“上”に見えるか)
◆
◆王家からの正式通達
会議室には、
見慣れない制服の男がいた。
王家直轄の使者。
姿勢が硬く、
声に感情がない。
「相馬颯真。
王家より、
正式な招致要請が出ている」
「……招致?」
「王城にて、
能力の確認と、
今後の協力体制について
話し合いたい、とのことだ」
室内の空気が、
一段重くなる。
ガルムが、
即座に言った。
「断れ」
「即答すぎません?」
セシリアが苦笑する。
ソーマは、
静かに息を吐いた。
(……来たか)
◆
◆測候院の立場
セイル・アルヴェインは、
腕を組んだまま言った。
「強制力はない。
だが……
断れば、
別の形で来る」
「……ですよね」
「王家は、
君を
“管理可能か”
見極めたい」
「兵器として?」
ソーマが問う。
「その可能性もある」
リュミが、
ぎゅっと拳を握る。
「……人を……
道具に……」
「……だからこそ」
セイルは、
ソーマを見る。
「一人で行かせない」
◆
◆同行者
「同行は、
三名まで認められている」
使者が淡々と言う。
ガルムが即座に前に出た。
「俺」
「……私も」
リュミが続く。
セシリアは、
一拍置いてから言った。
「理論担当として、
私が行くのが妥当ね」
イサナは、
影の中から動かない。
ノアが、
小さく首を振った。
「……僕は……
行かない……」
「ノア?」
ソーマが見る。
「……王城は……
“濃すぎる”……」
セイルは、
その判断を尊重した。
◆
◆境界を踏む準備
会議が終わり、
廊下に出たとき。
ソーマは、
ふと足を止めた。
耳奥で、
かすかな“気配”。
――(……次は……
空じゃない……)
(……分かってる)
(次は……
人だ)
リュミが、
隣で言った。
「……怖いですか?」
「……少し」
「……でも……
逃げませんね」
「ああ」
ソーマは、
王城の方角を見る。
高い塔。
白い壁。
権力の象徴。
(……世界と話した次は、
人間の番か)
空は、
何も言わない。
だが――
沈黙は、
もう拒絶ではなかった。




