数えない覚悟:それでも人を見る
三日後に吹くと告げられた、南部の強風。
天象庁は即座に動いた。
避難計画、警戒線、臨確認会。
数字と地図が机の上を埋め尽くす。
「被害想定、最小で三十名。
最大で……百二十名」
淡々と読み上げる声が、
やけに遠く聞こえた。
ソーマは、
その数字を――
見なかった。
◆
◆「最適解」の提示
セイル・アルヴェインが、
一枚の地図を指で叩く。
「この区画を切り捨てれば、
避難は確実に間に合う」
赤い線で囲まれた区域。
小さな集落と、
古い風車群。
「……ここは?」
ソーマの問いに、
セイルは答えた。
「高齢者が多い。
移動速度が遅い。
――最適解ではない」
セシリアが、
目を伏せたまま補足する。
「理論上は……
“守らない方が被害が減る”」
ガルムが、
机を殴った。
「……ふざけんな……」
室内が静まり返る。
◆
◆数を数えない
ソーマは、
地図を見つめていた。
だが、
見ていたのは
線でも数字でもない。
(……残滓砂漠の村……)
(……笑ってた、
あの老人……)
「……俺は」
ソーマは、
ゆっくり口を開いた。
「その区画も、
避難対象に入れる」
セシリアが、
はっと顔を上げる。
「ソーマ、それは……!」
「間に合わない可能性がある」
セイルが冷静に告げる。
「分かってます」
ソーマは、
はっきりと言った。
「それでも……
最初から、
数で切り捨てる判断はしない」
◆
◆反発と沈黙
「理想論だ」
セイルは否定しなかった。
「だが……
君の役目は、
“最適解を選ぶこと”だ」
「違います」
ソーマは、
首を振った。
「俺の役目は……
未来を見ることだ」
「見るだけで、
救えなければ意味がない」
「……救えない未来でも、
見る」
セイルは、
しばらく黙った。
やがて、
静かに言った。
「……責任は、
君が負う」
「はい」
即答だった。
◆
◆現場へ
夜明け前。
ソーマは、
その区画へ向かっていた。
ガルムが、
当然のように隣を歩く。
「行くに決まってんだろ」
「……ありがとう」
リュミとセシリア、
ノアとイサナも
後ろに続く。
「……間に合うかどうかは……
分かりません」
リュミが言う。
「……それでも……
声は……届きます……」
◆
◆風の前触れ
集落に着くと、
空はすでに
ざわついていた。
旗が鳴らず、
木々だけが揺れる。
「……来る……」
ノアが呟く。
ソーマの耳奥で、
予報が鳴る。
――(……強風……
方向……
変化……)
――(……急げ……)
ソーマは、
村人たちに向き直った。
「時間がない。
歩ける人から、
すぐに移動してください」
「歩けない人は?」
一瞬、
喉が詰まる。
「……俺たちが運ぶ」
◆
◆数えない理由
担架を作り、
背負い、
抱え――
人を運ぶ。
遅い。
効率は悪い。
数字で見れば、
最悪の手だ。
それでも。
老人が、
ソーマの袖を掴んだ。
「……王都は……
守られたか……?」
ソーマは、
目を見て答えた。
「……はい」
「……なら……
それでいい……
わしらは……
後でいい……」
ソーマは、
首を振った。
「……後じゃない」
「……?」
「今です」
◆
◆風、来たる
突風が、
集落を襲った。
砂が舞い、
空気が鳴る。
だが――
避難は、
完了していた。
最後の一人を運び終えた瞬間、
風はさらに強まる。
もし、
誰か一人でも
切り捨てていたら――
間に合わなかった。
ガルムが、
荒い息で笑う。
「……ギリギリ、
だな……」
リュミは、
涙を浮かべて頷いた。
「……でも……
全員……」
◆
◆予報の変化
その夜。
ソーマの耳奥で、
予報が静かに鳴った。
――(……今回の選択……
記録……完了……)
「……記録?」
――(……“数えなかった未来”……
初めて……)
声は、
それだけ告げて――
消えた。
ノアが、
小さく微笑む。
「……世界が……
驚いてる……」
◆
◆覚悟の先
焚き火のそばで、
ソーマは空を見上げた。
(最適解じゃない。
効率も悪い)
(でも……
これが、
俺の選び方だ)
未来は、
これからも
厳しい問いを投げてくる。
それでも。
数を数えない覚悟は、
確かに――
世界に刻まれた。




