救える数、救えない数
王都へ戻る道中、
馬車の中は静かだった。
誰も、疲れていないわけじゃない。
ただ――
言葉にすると、
何かが壊れてしまいそうだった。
ガルムは窓の外を睨み、
斧の柄を指でなぞっている。
セシリアは膝に置いた帳面を閉じたまま、
一文字も書かない。
リュミは目を閉じ、
小さく呼吸を整えていた。
ノアだけが、
時折ソーマを盗み見る。
(……重い……)
ソーマは、自分の胸を押さえた。
◆
◆救える数
王都に戻ったその夜、
天象庁では緊急の内部会議が開かれた。
大広間ではなく、
あえて狭い会議室。
逃げ場のない距離感。
セイル・アルヴェインが、
静かに口を開く。
「今回の件で、
一つはっきりしたことがある」
全員が顔を上げる。
「相馬颯真の判断が、
世界規模で影響を及ぼす段階に入った」
セシリアが、
苦い表情で頷く。
「局地的な回避じゃない。
“移動”と“集中”が起きる……」
「つまり?」
ガルムが聞く。
「救えば、
別の場所に皺寄せが行く」
セイルが即答した。
室内に、
重たい沈黙が落ちる。
◆
◆数字の話
セイルは続けた。
「王家は、
“救える最大数”を求めるだろう」
「神殿は、
“選ばれた場所”を守れと言う」
セシリアが補足する。
「測候院は……」
ソーマが言う。
「……確率だ」
セイルは目を伏せた。
「成功率、犠牲率、
最適解……」
ガルムが低く唸る。
「クソったれ……
人を数で見る話かよ……」
「そうだ」
セイルは否定しなかった。
「だが、
それを決める立場に、
君は立ってしまった」
ソーマは、
ゆっくり息を吐いた。
(……分かってる)
(もう……
戻れない)
◆
◆救えない数
会議後。
屋上に出ると、
夜風が頬を打った。
リュミが、
静かに隣に立つ。
「……ソーマさん……
もし……
もっと多くの人を救える選択があって……」
言葉が、途切れる。
「……それで……
誰かを、
見捨てることになったら……」
ソーマは、
しばらく黙ってから答えた。
「……それでも、
俺は選ぶと思う」
リュミは、
何も言わなかった。
ただ、
その手を――
そっと、
ソーマの袖に添えた。
◆
◆ノアの忠告
少し離れた場所で、
ノアが夜空を見上げていた。
「……ねえ、ソーマ」
「どうした?」
「……君は……
“選ぶ側”になりすぎてる」
ソーマは、
目を細める。
「……どういう意味だ?」
ノアは、
ゆっくり言葉を選んだ。
「……世界が滅びるとき……
最後に壊れるのは……
“正しさ”なんだ……」
「……正しさ?」
「……正しいから、選んだ。
正しいから、切り捨てた。
――それを……
世界は、
最後に……
呪いにする」
ソーマは、
何も返せなかった。
◆
◆変わる予報
その夜。
ソーマの耳奥で、
予報が流れた。
――(……三日後……
南部に……
強風……)
いつも通りの、
気象情報。
だが、
続きがあった。
――(……避難すれば……
被害は……
小さくなる……)
――(……だが……
間に合わない者が……
出る……)
ソーマは、
目を閉じた。
(……もう、
隠してくれないんだな)
未来は、
優しくなかった。
だが――
嘘も、つかなくなった。
◆
◆覚悟の形
ソーマは、
ゆっくりと拳を握った。
(……救える数と、
救えない数)
(……どっちも、
俺が見る)
(だから……)
小さく、
息を吸う。
(逃げない)
夜空には、
雲が流れている。
その下で、
選択は――
静かに、
積み重なっていった。




