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23. 難癖返し

 役人が四人、門の前で腕を組んで待っとる。


 寡婦のおかみさんらが、鍋の前で固まった。包み紙を折る手ぇが止まって、工房の空気が、しん、と冷える。この人らは、この仕事で子ぉを食わせとる。「許可」の二文字が、いちばん重う響く人らや。


 ――さて。


「どうぞどうぞ、いらっしゃい」


 うちは、門を大きう開け放った。ついでに窓も全部開けさせて、勝手口の戸も外させる。


「お、お嬢様!?」


「風通しをようしとき。探る人が探りやすいようにしとくんが、いちばん早う終わる道や」


 役人らが、顔を見合わせとる。


「……検査は、抜き打ちである」


「抜き打ちで結構ですわ。うちは、いつ来られても一緒です。痛うない腹はな、なんぼでも探らせたらええんですわ。……ほんで、探った人が、あとでうちの証人になってくれはる」


 ――ほんまのことを言うたら、探られるのは、しんどい。


 人に疑われて平気な人間なんか、おらん。せやけど、隠したら隠した分だけ、そこが痛むようになる。痛まん商いをするいうのは、痛いとこを作らんいうことや。


 その日から、検分は連日や。


 原料の出所、水の出所、鍋の真鍮の質、包み紙の紙質、寡婦らの人別と雇いの届、帳面の一切。役人らは目ぇを皿にして、朝から晩まで工房をひっくり返す。うちは全部、机の上に並べておく。


「大麦六十袋ぶんの、産地の証明を出せ。全てだ」


「半日ください」


「……半日? この手のものは、ふつう十日は――」


「おかみさん! 網、回して!」


 昼過ぎに、紙の束が届いた。


 修道院の院長の署名――去年、屋根の雨漏りを直した礼が、わざわざ添えてある。刺繍の得意な同級生の実家の、蔵の証。寡婦の里の農家十一軒の、拇印(ぼいん)がずらり並んだ一枚。


 役人が、紙の束に埋もれた。


「……多い」


「足りひんかったら、もっと出しますで」


「もう、いい」


 三日目には、役人らは工房の勝手をすっかり覚えてしもとる。


 湯気の立つ鍋を覗き込んで、木匙で澱をすくう手つきまで様になってくる。いちばん若い役人は、水飴を糸に引いて「おお」と声を上げてしもうて、慌てて咳をした。


 寡婦のおかみさんが茶と飴を出す。湯気の向こうで、その若い役人の腹が、ぐう、と鳴る。


「あ、あの、職務中に供応を受けるわけには」


「供応ちゃう、これははじっこの捨てるところ。味は一緒やが売り物にはならへん。産廃やで」


「し、しかし」


 そこで、隅の帳面から顔を上げたんが、うちの眼鏡や。


「飴のなりそこない、時価は処理費用の掛かるマイナス」


 真顔で、声に出しながら書きよる。


「売れないものは経済価値がない。よって社会通念上、賄賂に該当せず。……以上」


「そこまで書くん!?」


「書きます。書いておけば、この方々が後で咎められません」


 ……ああ、そうか。


 この子はいつも、そうや。守るために、書くんや。判子の顔をして、紙の上でだけ、めちゃくちゃに人を守る子ぉなんや。


 うちは、なんや無性に、この頭を撫でたなった。やめとくけど。


 はじっこの飴を包んで渡したら、いちばん若い役人が、ひとつ、ぽつりと言う。


「……正直に申し上げます。我々は、『必ず何か見つけて来い』と言われて参りました」


「誰に?」


「それは、申せません」


「そら、そうやな」


 うちは、その子の湯呑みに茶を足してやる。


「言えんことを言えん言うんは、ええ役人やで。……ほんで、見つからんもんは見つからん、て書いてくれるんやろ?」


「書きます。それが、職務ですので」


 四日目に、王立薬草院から検査官が来た。


 初老の、痩せた人や。手つきは丁寧で、目ぇが厳しい。原料も、鍋の底も、炊きかけの飴も、いちいち匙で取って小瓶に移していく。


「思う存分やってください。それでもし、なんぞ悪いもんが見つかったら、うちが誰よりも知りたいですわ」


「……変わったお方だ」


 合間の茶で、この人が咳をした。うちが巾着から手拭いを出して渡したら、恐縮して、それから、ぽつりと言う。


「孫が、この冬も咳をしておりましてな」


「……ほな、飴湯の作り方、教えたろか」


 水飴を匙に一杯、生姜のすりおろしを少し。熱い湯で溶いて、寝る前に、ゆっくり飲ませること。


「薬は、お医者はんの領分ですわ。うちのは、暮らしの手当だけ。効かん時は、すぐお医者はんへ」


「……作ってやります。今晩、さっそく」


 湯呑みを置いて、うちは思いついたことを口にした。


「あんた、季の大夜会いうのに、出たことあるか?」


「まさか。我々のような者には、縁がございません。一度は行きたいところですが……」


「ほな、こんど、うちが招くわ」


「は? い、いいんですか?」


「あんたは、うちの飴をいっちゃん厳しい目ぇで見た人や。そういう人が『これは安全や』言うたら、誰も嘘や言えへん。……いちばん強い証人やで。覚えといてや」


 検査官はしばらく黙って、それから、深う頭を下げる。


       ◇


 王室調査記録 第二十二報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。工房に対し許可の再検査が行われ、全項目適合であった。対象は門と窓と勝手口を開け放ち、帳面の一切を検査官に開示している。飴の出来損ないは産廃。よって社会通念上、賄賂に該当せず。以上。


 検分は、七日目に終わった。


 書付には、全項目適合。真ん中の役人が判を押しながら、困った顔でうちを見る。


「……不適合の項目を、一つも見つけられませんでした」


「そら、ないもんは見つからんわ」


「いえ。このような検査は、初めてです。ふつうは、隠します」


「隠すもんがある商いは、しんどいで。毎晩、心配で寝られへん。うちは阿呆やさかい、全部見せとくほうが楽やねん」


 役人らが引き上げた門で、包み紙のおかみさんらが、いっせいに息を吐いた。誰かが笑い出して、それが伝染して、工房中が笑いになる。……ああ、これや。この音を守るために、うちは門を開けたんや。


 その笑いの端で、オルテンシアが扇を畳んだ。


「テレージア様。ドラウム侯爵さまが、商会の宴のお招きを、二度お断りになりましたわ」


「侯爵は、この難癖の出所をお調べになったようです」


 ルドガーはんが、書きかけの手帳を閉じる。


「……数字の人はな、汚い数字が嫌いなんや」


 ほな、その汚い数字を抱えとる人は、いま、どんな気分やろな。


 うちは前世で五十年、店に立った。追い詰められた商人がいちばん怖い、いうことも、そこで嫌というほど見てきたんや。


 次は、どっちから来るやろ。うちは、閉めかけた門の掛け金を、いつもより固う締めた。

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