22. 王前の論戦
御前会議の朝、うちは麻袋を二つ担いで王宮の門をくぐった。
「……お嬢様。それは」
「大麦の見本と、飴の十粒袋を三十」
式部の役人が、目ぇを白黒させとる。
「持ち込みの品は式部の検めが要ります。それに、会議の卓へ麻袋というのは、前例が」
「検めたらええやん。中身は麦と飴や。危ないもんは、うちの口だけですわ」
「本官が、証拠の品として預かります」
横から、ルドガーはんが涼しい顔で紙を出す。はんこ二号が、その隣で判子を構えとる。
「陳述の資料として持ち込む場合の規定が、ございます」
「……規定に、あるのか」
「ございます」
会議の間は、天井が高うて、卓が長い。両側に、髭と勲章がずらりと並んどる。上座には陛下。うちの席は、いちばん端の末席や。
「グランハルト公爵令嬢、テレージアと申しますわ。本日はお招きにあずかりまして、恐悦至極に――」
……三秒。
「――あかん。もうしんどい」
どこかで、書記官の筆が滑る音がした。
「早いな」
卓の向かいで、痩せた人が薄う笑う。銀髪を撫でつけた財務卿ドラウム侯爵。十二年前の甘味専売法の設計者や。
「では、こちらも早く済ませよう。甘味専売の納付金は、年に金貨千二百枚。国庫の柱の一つだ。柱を細らせる者には、相応の負担を求める。飴一袋につき銅貨二枚の課税、製造は許可制。単純な話だ」
「単純ですなあ。ほな、うちも単純にいきますわ」
うちは麻袋を一つ、卓にどすんと置いた。紐を解いて、傾ける。
ざらざらざら――と、大麦が卓に広がる。侯爵の書類の上にも、二、三粒、転がっていく。
「な、何をする!」
「数字は紙で見るより、手ぇで見たほうが早いんですわ」
「これが、うちの工房がひと月に炊く六十袋ぶんの見本です。去年まで、誰も要らんかった屑麦や。それをいま、うちが銅貨で買うてます。里の畑は、来年の作付けを増やすそうです」
指を、順に折っていく。
「ひと月に三千袋、三万粒。卸の月商が銀二百六十枚。賃金が四十八枚、原料が四十四枚。残る純益は銀百六十八枚。工房で炊いて包んでくれてるんが二十人、それを担いで売り歩く行商のおかみ連が三十人。市の常設の台も、三つ立ちました」
「……ほう」
「飴は贅沢とちゃいます。一粒、銅貨一枚。日当の銅貨一枚で買える元気ですわ。……そこへ一袋に銅貨二枚の税ですけど、侯爵はん。その二枚、誰が払います?」
「小売だ」
卓の端が、しん、とする。
「行商のおかみ連の取り分が、ちょうど一袋二枚ですねん。取り分を守れば、一粒が銅貨一枚二分になる。一枚に据え置いたら、あの人らはタダで籠を担ぐことになりますわ。ほんで許可の条件が『常設の店を構えとること』。うちは、店を持ちまへん」
侯爵の指が、卓を二度、叩いた。
「純益が月に銀百六十八枚。年に直せば銀二千十六枚――金貨で二十枚と銀十六だな。柱は千二百枚だ。お前の元気が柱の代わりになるには、六十年かかる」
……速い。この人の暗算、うちと同じ種類や。
「その通りですわ。せやからうち、一軒で代わろとは思てまへん。うちは種ですわ。種は、六十年かけて森になるもんです」
「森になる前に、柱が折れる」
「ほな、侯爵はん。数字を一つ、教えてくれはります?」
うちは、指を一本立てる。
「専売の納付金いうんは、扱い高で決まるんですか。それとも、初めから決まった額ですか」
「扱い高の一割だ」
即答や。数字の人は、こういうとこで詰まらへん。
「その一割が、この十二年、なんぼでした?」
「……千二百枚だ」
「毎年?」
「毎年だ。一枚も違わぬ」
うちは、しばらく黙る。
「侯爵はん。一枚も違わん商いて、この世にありますか? うちの月商かて、雨が降ったら落ちますで。麦が豊作やったら上がりますし」
――満座が、しん、となった。
侯爵の指が、書類の縁で止まっとる。銀髪の下の目ぇが、初めてまっすぐうちを見る。……ああ、この人は数字の人や。数字の人には、数字の気持ち悪さがいちばん堪える。
「発明いうんはな、直しながら使うもんですやろ。十二年前に要った柱は、十二年前の柱です。……ほんで、これは、うちの勝手な感想ですけどな」
うちは、散らばった麦を手のひらで一箇所に寄せた。
「甘いもんが回る国は、よう働く国です。……知らんけど」
――しん。
髭と勲章が、いっせいに固まる。上座で何かが「ぶふっ」と鳴った。陛下や。玉座の肘掛けを叩いて笑うてはる。
「娘。いまの、最後の一言は何だ」
「うちの国の結びの言葉ですわ。断定はしまへん、いう意味です」
「数字を並べておいて、断定はせぬのか」
「数字は明日には変わりますさかい。変わったら、また数え直します」
陛下はひとしきり笑うてから、卓の麦を一粒つまんだ。
「面白い。――継続審議とする」
「おおきに! ほな皆さんにも、飴を一袋ずつ――」
「お待ちください」
傍聴席で、眼鏡が立ち上がりかけとる。
「御前において、利害の当事者が財物を配る行為は、贈賄に当たり得ます」
「飴やで?」
「飴でもです」
……えらい世の中や。麦は卓にぶちまけてもええのに、飴はあかんらしい。
散会のあと、廊下でドラウム侯爵に呼び止められた。
「『知らんけど』」
「へえ」
「便利な結語だ。……数字に自信のある者ほど、断定を避ける」
ほんで、初めて笑うた。笑うと目尻に皺が三本寄る、そういう笑い方をする人や。
傍聴席の隅に、眼鏡が立っとる。目ぇの下が、真っ黒や。
「あの数字の束、あんたが揃えてくれたんか」
「照合しました。誤りが一箇所ありましたので、直しました」
「いつ寝たん」
「…………胃薬、まだありますか」
……寝てへんな、これ。うちは巾着から胃の薬草を出して、紙に包んで握らせる。
「あんた、飴より先に薬草かいな」
「本官の職務には、両方が必要です」
◇
王室調査記録 第二十一報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、御前会議の末席にて、甘味保護の法案の利害当事者として陳述した。対象は麻袋二つを持ち込み、卓上に大麦を零している。式部の検めは、本官が証拠の品として引き受けた。陳述の数字に誤りはない。本官が徹夜で照合したためである。法案は継続審議となった。特記事項。対象は本官に、胃の薬草を包んで渡している。効いている。以上。
工房に帰り着いたんは、日が傾いてからや。
門の前に、見慣れん役人が四人、並んで立っとった。真ん中の一人が、巻いた紙を広げる。
「甘味の製造に係る許可の、再検査を行う。原料と帳面の一切を、検めさせて頂く」




