先に通すのは、人ではなく箱
試験の箱には、食べ物を入れなかった。
空の容器と、重さを合わせた資材。落ちても誰かの昼食を奪わないようにする。仁科さんは箱の留め具を確認し、音羽さんは外側で受け取る担当者の名前と連絡先をもう一度読み上げた。
「こちらから出して、向こうの受領が取れたら成功ですか」
「箱の試験としては」と神代さん。「人の通路の許可とは別」
俺は試験票の見出しを「帰還路」から「物資一便」に直した。箱が通っただけで、久野さんの荷物をまとめさせるわけにはいかない。
消防の担当が合図し、資材が斜面の先へ渡った。外側から、番号の一致と損傷なしの返事が来る。仁科さんが胸をなで下ろす。
「こっちからは、行ける」
「戻す試験は?」と俺。
「同じ場所を上げるには、別の道具と人が要る」と担当者。
往路を一便通したことと、同じ道を戻れることは別だった。受け取った箱は外側の保管へ。こちらへ持ち帰る予定を、試験票には書かない。
◇
倉庫へ戻ると、掲示板には「新しい帰還路」と誰かの字で書かれた紙が貼られていた。
音羽さんは紙を剥がさず、横へ確認済みの結果を並べた。人が書いた希望を隠せば、今度は口だけで広がる。
「箱一便の受領が取れました。人が通る条件は、まだ確認中です」
「人だって箱より軽いよ」と声が上がる。
「軽ければいいわけじゃない」と神代さん。「自分で歩く人が足を置ける場所と、途中で止まれる場所が要る」
彼女は説明を短く止めた。転べば何が起きるかを怖がらせて、全員を黙らせない。分かっている所と、まだ見ていない所だけを示した。
久野さんが手を挙げる。
「行きたい人の名前は、先に書いていい?」
「希望は受け付けます」と音羽さん。「行く順番や日付ではありません。外の受け入れも一人ずつ確かめます」
「じゃあ、書く」
久野さんは移動希望の欄を自分で確認した。前に伝えた願いは、食堂の当番をしたかどうかと切り離されている。
その隣で東野さんは、書く欄を探さなかった。
「残る方も、届け出がいるか?」
「今の意思は聞きます。危険を承知した契約にはしません」
「なら、今は残る」
二人が同じ椀を持って昼の列へ並ぶ。紙には違う返事が残った。
◇
午後、神代さんは消防・医療と段差を見直した。箱の受け渡し点は、人の足場にならない。歩行の補助が必要な人のために、別の経路と受け取り方を考える必要がある。
俺が使えるのは、外側で水と休む場所を用意できるか、着いてから誰が食事を担当するかという情報だ。音羽さんの確認先へ、外側の受け入れ場所が持つ条件を整理して渡した。
「戻る便は?」と俺。
「人については試していません」と音羽さん。「そこを未確認のまま、往復できると言わないでください」
「はい」
神代さんが戻り、今日の班の全員がこちらに帰ったことを確認した。箱の試験に、行方の分からない作業者を残さない。
外側に置いた箱一つと、内側に残る五十三人。今日動いたのは箱だけだ。
音羽さんは掲示板の「帰還路」の紙の下に、確認済みと未確認を並べた。剥がさないのは、帰りたい人の言葉まで消したくないからだと分かった。




