六人が帰れても、町は帰らない
久野さんは、配膳表を持たずに入口へ来た。
小さな鞄を一つ。昨日までは椀を数えた手で、今日は自分の上着の釦を留めている。
「六人の中に入れました」と音羽さんが言った。「外側の受け入れ先と、今日の通行条件が一致しています。出発前に、本人の返事をもう一度取ります」
南外縁の斜面は、消防が足場と待避場所を確認した。医療担当も、今回歩く六人の状態を見ている。帰る道が町の誰にでも開いたわけではない。今日の六人が、今日、外側の担当に渡れる条件がそろっただけだ。
久野さんは俺の方へ来た。
「当番、戻さなくていい?」
「戻す欄がありません」
「よかった」
彼女は笑い、次に少しだけ黙った。
「娘に会えたら、ここへもう来られないの?」
「今日の帰り道は確認されていません」
俺には、それ以上の約束ができない。
「連絡は、音羽さんがつなぎます。荷物も、あとから渡す方法を確認します」
「そう。じゃあ、行く」
久野さんは短く決めた。帰れる保証のために今の食事班へ縛っておかなくてよかった。
◇
俺は六人に持たせる水と、外で食べられる小さな包みを用意した。医療の判断の代わりではない。荷を重くしないよう、本人が持てる分だけを渡す。
「倉庫は?」と神代さん。
「藤森さんの班が、残る人の昼を用意しています」
「何人?」
「出発中は五十三。外の六人の受け入れが全件確認できてから、四十七に変えます」
食数と所在の記録は別だ。出発したからといって、紙の上で先に町から消せない。
南外縁で、神代さんは入口側の足場を確認した。消防の担当が六人を順に案内し、外側には受け取り担当が待つ。彼女一人が六人を背負う計画ではない。
最初の人が足を置き、手すりを握る。無理に急がせない。俺の手元には、外側から一人ずつ届く受け入れ番号の欄がある。
三人目の男性が立ち止まった。
「町がどうなったか、見てから行きたい」
「ここで待つことはできます」と音羽さん。「ただ、今日の便を降りたら次の移送日は未定です」
「分かってる。少しだけ」
後ろの三人は、待避位置で止まった。待つ間の安全を消防が見て、俺たちはその時間を奪わない。男性は倉庫の方向を見た。建物の向こうに彼の家があるのか、俺は知らない。
「行きます」
彼は自分で足を出した。
◇
外側から六件の受け入れ確認が届くまで、俺は倉庫の食事の紙を書き換えなかった。
「一人目、到着」
「二人目、到着」
受け入れ先の担当者と本人の確認がそろい、音羽さんが原本に記す。久野さんの欄は最後から二番目だった。娘さんが迎えに来ていると聞き、俺はその場で会ったことにせず、音羽さんの受け入れ報告として受け取った。
六人目の確認が来た。消防の移送担当は外側の引継ぎまで終え、入口側と外側の班の所在も確認された。
「六人全員、受け入れ済みです」
音羽さんの声で、俺は初めて食事の紙の人数を直した。五十三から、四十七へ。
昼の倉庫へ戻ると、藤森さんの班が四十七人の食事を出していた。朝の時点で出発者の分を捨てたのではない。六人の携行食と倉庫の昼を別にし、遅延した場合も当日の食事が途切れないようにしていた。
食べる人の席が六つ空いている。
「よかったね」と藤森さん。
「はい」
「でも、これでここの鍋を閉められるわけじゃない」
「四十七人が、今夜もいます」
東野さんが食事を受け取る。久野さんに教わった三浦君が椀を渡す。久野さんがいなくても数は合ったが、いなかったことにはならない。
神代さんは入口の仕事を引き継いでから来た。俺の隣へ座り、自分の包みを開く。
「六人、帰った」
「残る人の昼も届きました」
「両方、今日の結果だね」
彼女が食べ始め、俺も手を伸ばした。六人が帰れても、町は帰らない。だからここで続く食事を、六人の成功の裏側へ隠さなかった。




