戻る約束を、安く書かない
六人が外へ着いた翌朝、倉庫の掲示板には「帰還路」の下に「再入域は?」と大きく書き足されていた。
音羽さんはその字を消さなかった。
「昨日は外へ出る一便でした。反対向きの通行は確認していません」
集まった人の中から、木下さんが出て来た。四十七人の一人で、外に仕事場があるという。
「一度出て、家の鍵を持って戻りたい。帰れるって書いてあれば、今日決められる」
「戻れるとは書けません」
音羽さんの返事に、彼は掲示板を指した。
「じゃあ帰還路って、片道の名前か」
俺も、その言葉は引っかかっていた。人が帰った先を、誰にとっての帰りと呼ぶのか。昨日の成功を掲げるほど、今日の未確認が見えにくくなる。
「外へ行く道として、昨日は六人が通りました」と俺。「ここへ戻る道としては試していません」
「言い方の問題じゃないだろ」
「そうです。鍵を取りに戻る計画には使えません」
木下さんは口を閉じた。約束が欲しい理由を否定しても、彼の鍵は届かない。
◇
俺は音羽さんと、木下さんが本当に必要としている物を聞き直した。建物の鍵そのものか、仕事場へ入る権利か、家族に渡す荷物か。話を混ぜれば「戻らないと全部失う」になる。
「家の書類と、仕事の道具」と木下さん。「外へ出てから、置いてきたと気づくのが嫌なんだ」
「持ち出しは安全と権限の確認が要ります」と音羽さん。「いま出来るのは、必要な物の一覧を預かることと、許可のある担当へ回すことです」
「取りに行ってくれるのか」
「その約束も、まだです。確認する相手と返事の期限を決めます」
木下さんが眉を寄せる。欲しいのは「必ず」だ。俺たちが渡せるのは、誰がいつ返事をするかという、ずっと小さい物だった。
「外へ出た後の連絡先は残せます」と俺。「荷物の返送ができるなら、その方法も確認してから伝えます」
「できなかったら?」
「できないと伝えます。代わりに、何を残すか決める時間は取れます」
木下さんはすぐに署名しなかった。その紙が、彼を早く外へ出すための承諾書になっては困る。
◇
夕方、音羽さんは連絡先と返答時刻を掲示した。再入域の許可ではない。住民が必要物の相談をできる窓口と、確認結果を受け取る方法だった。
木下さんは自分の家の鍵を、まだポケットに入れている。
「今日、出る人の欄には書かない」
「はい」
「でも、調べてはほしい」
「担当へ渡します」
それで今日の相談は閉じた。木下さんを移送の人数に入れず、出ない人を意地になって残ったと書かない。
神代さんが案内所から戻り、張り紙を読んだ。
「道は、いつ戻るかな」
「分かりません」
「私にも」
彼女の足なら越えられる場所でも、町全員の往復の約束にはならない。
俺たちは夕食の列へ戻った。外へ出る話をした人にも、ここに残る四十七人の一食を渡す。明日を決められない木下さんの腹だけを、先に決めてはいけなかった。




