仁科さんは、町に残る
仁科さんの母親から、俺に伝言があった。
「岳には、私のために残らなくていいって言っておいて」
外側の受け入れ先で仕事を始めた彼女は、息子の車が毎日町を走っていると聞いたらしい。心配するのは当然だ。伝える相手を俺にしたのは、本人へ直接言えば喧嘩になると思ったからかもしれない。
俺は「分かりました」とだけ答えた。親子の返事を、店主の仕事にしない。
昼、仁科さんの車は倉庫へ食材を届けた。箱を下ろした彼へ伝言を渡す。
「母さん、自分で言わなかったのか」
「俺に届きました。返事は直接どうぞ」
「おまえも、出ろって思ってる?」
そこで言葉が止まった。思っている。昨日の片道の説明を見たあとでは、彼がここにいる理由が仕事だけなら、早く外へ出た方がいいと。
「心配はしています」
「聞いてるのは、俺の代わりに決めたかだ」
仁科さんは車のドアを閉めた。音が倉庫の壁に返った。
「……決めかけました」
「やめろ」
短い返事だった。車を貸してくれた人だから従う、ではない。友人だからこそ、俺の先回りが腹立たしいのだろう。
◇
午後、彼が音羽さんの所へ来た。
「俺は今週、町の配送を続ける。来週のことはその時決める」
「便ごとに通行条件を確認します。車が通れる場所だけです」と音羽さん。
「分かってる。代わりの運び手も探してほしい。俺が倒れてからじゃ遅い」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「仁科さんがいなくても運ぶ仕組みを、仁科さん自身が頼むんですね」
「俺は町に残りたい。町の全部を一人で運びたいわけじゃない」
母の所へ行かない理由も、他人の命を盾にした義務ではなかった。ここで続けたい仕事がある、と彼は自分で言った。
音羽さんは、今週の便と次の確認日を記録した。期限を決めても、来週必ず残る契約にはしない。外へ出る道が変われば、その日に選び直せる。
俺は代わりの車の候補を探す役を引き受けた。ただし、今日の仁科さんの便へ勝手に誰かを同乗させない。彼の車は、町の名で取り上げた公共物ではない。
◇
夕方、仁科さんと倉庫の外で飯を食べた。藤森さんの班が出した汁だ。神代さんは別の救助当番で、戻る時刻はまだ決まっていない。
「母さんには電話した?」
「した。あんたのために残らないって言った」
「返事は?」
「知ってる、だと」
俺は箸を止めた。親子の間では、俺の伝言より先に答えがあったらしい。
「俺が口を出す必要はありませんでしたね」
「今日の昼は少しあったな」
「すみません」
「謝るなら、来週までに代わりの車を一台探せ」
彼が笑う。俺も笑った。
仁科さんは町に残る。今日決めたのは、今週の仕事と来週に返事をし直す時刻までだ。永遠の誓いにしなかったから、俺はその選択をようやく友人のものとして聞けた。




