片道の地図を、往復と呼ばない
昼の列が、掲示板の前で二つに割れた。
片方には、先日の六人の移送結果。もう片方には、誰かが書いた「往復路、開通」の紙。食事を待っていた人たちが、自分の行き先より先に、隣の人の選択を問い始めていた。
「帰る人が増えたら、ここで働く人が足りない」
「残る人だけで勝手に決めればいいだろ」
どちらも、相手の昼食まで奪うつもりはなかったはずだ。だが配膳する三浦君の前で、椀が止まった。
「食べる人、先にどうぞ」
彼が言っても、誰も動かない。
俺は鍋を持ち上げなかった。自分の仕事へ逃げれば、食堂の前で起きていることを藤森さんへ押しつける。
「人数と今日の食事は変わりません。四十七人分あります」
声をかけると、東野さんがこちらを見た。
「明日も、四十七人とは限らないんだろ」
「そうです。でも今日の椀は、今日いる人の分です」
藤森さんが三浦君から一つ受け取り、東野さんへ渡した。彼は受け取る。向こうで帰りたいと言っていた人も、椀を取りに来た。席は別々のままだ。
◇
音羽さんが「往復路、開通」の紙の書き手を探した。責めるためではない。外側から回った古い図に、往路と復路が同じ矢印で描かれていたらしい。
「先日の六人は、こちらから外へ出ました。戻りの通行は未確認です」
神代さんが線の前に立つ。
「足場の向きが違う。帰りに同じ所を使えるって、まだ言えない」
「じゃあ、ずっと帰れないの?」
「ずっと、とは言ってない。今日の確認がないだけ」
音羽さんは六人の移送で確認した範囲だけを一枚目の図に残し、二枚目には調査中の場所を書いた。確認していない線をきれいな破線で描くのはやめた。破線でも人は道だと思ってしまう。
「残る人向けの地図も要る」と東野さん。
「どういうものですか」
「ここで使える水と、避ける場所。帰る人の線だけだと、町が無人になるみたいだ」
音羽さんは彼の話を聞き、設備担当へ確認した範囲を別の紙にまとめることにした。東野さんの知識を、行政の確認済み事実へそのまま写すわけではない。
同じ町に、外へ向かうための情報と、中で今日暮らすための情報がいる。片方だけを掲示すれば、相手の選択が消えたように見える。
◇
夕方、掲示板の前で、昼の二人がまた立ち止まった。
「往復じゃないんだな」
「今日は、な」
「おまえ、残る?」
「今は」
返事はそれで終わった。握手も謝罪もない。二人はそれぞれ別の場所へ帰る。
藤森さんは、空になった二人の椀を同じ洗い場へ運んだ。
「これも、片道じゃ困るね」
「戻ってきました」
俺が返すと、彼女は笑った。道の図を直しても、人の気持ちまでは今日のうちにそろわない。ただ、違う返事をした二人が同じ夕食を受け取れた。明日の議論を、空腹だけで始めずに済む。




