空いた席を、誰かの罰にしない
久野さんが使っていた椅子に、誰も座らなかった。
六人が外へ出てから、もう四日になる。本人たちの受け入れ確認は終わり、倉庫の食数は四十七で動いている。それでも昼の列では、久野さんのいた端から一席ずつ間隔が空いた。
「場所が悪いんですか」と三浦君に聞く。
「違います。ここ、久野さんがいつも座ってたから」
彼は椀を置いた。隣の席も、別の出発者が使っていたらしい。減らしたのは六食分の仕込みであって、六人のいた跡までではない。
だが、食べる場所は足りない。調理班は立ったまま済ませ、隅では東野さんが図面を膝に広げている。空席に名前を貼って保存するのも、いま働く人に座るなと言うのと同じだった。
「机を寄せていいですか」と俺は藤森さんに聞いた。
「何のために?」
「食事の列を短くするために」
「それだけなら、あなたが決めていい。でも、あの席を動かしたら、誰か怒るよ」
俺は机の脚から手を離した。
◇
夕方、南外縁の次の移送について説明があった。希望を出した九人について、音羽さんが外側の受け入れ先と、その日の道の条件を確認している。明日行けると決まったわけではない。
「あの九人も行ったら、ここの仕事は誰がするんだ」
東野さんの声は大きかった。九人の一人が、掲示板の前で振り返る。
「帰る人が悪いわけじゃない」と東野さんはすぐに言った。「でも、こっちの水を運んでた人もいる」
「それなら残れってこと?」
「言ってない」
二人とも言っていないことを聞かれた顔をした。俺にも、仕事が欠ける不安は分かる。だからこそ、今日の夕食で人の選択の採点を始めてはいけない。
藤森さんが、使っていない二つの椅子を持ち上げた。
「ここ、うちの班の休む席にしていい?」
三浦君が目を上げる。
「久野さんの席です」
「そうね。久野さんが帰れた席。だから、次に疲れた人が座るのはどう」
彼女は返事を待った。俺のための役職表なら、そこに「休憩席」と書いて終わる。久野さんと一緒に働いた人の返事を、先に聞くべきだった。
「……その椅子、動かさないでください」と三浦君。「座るのは、いいです」
「分かった」
藤森さんは椅子を元の場所へ戻し、自分の班の人に最初に座ってもらった。机の上へ配膳用の札を置く。久野さんの名前を消す札ではなく、休んでいる人へ湯を渡すための札だ。
◇
夕食は四十七人分。外へ出た六人をもう一度数に入れないし、次に移りたい九人を先に引きもしない。
東野さんが図面を畳み、さっきの人と同じ机で食べた。仲直りの言葉は聞こえない。ただ、相手の椀を遠ざける人もいなかった。
「明日の九人、どうなりますか」と三浦君。
「音羽さんが、朝の条件を見てから決めます」
「出たら、また席が空くんですね」
「はい」
安心させる答えは見つからなかった。彼は休憩席の札を少し直して、自分も座った。
神代さんが俺の向かいへ来る。帰った人の話をしたあとも、彼女は自分の夕食を冷まさず食べた。
「あそこ、使えるようになったね」
「空いたままにしておく方が、簡単でした」
「でも、今いる人が座れない」
俺は頷いた。帰った六人の選択を罰にせず、残る四十七人の疲れも飾りにしない。椅子は二人を裁かず、夕食を終えた人の重さを受け止めていた。




