車が戻らなくても、椀は戻す
昼食の鍋は空になった。返ってきた椀は、三つ足りない。
「配り忘れ?」と俺。
先日、久野さんから数え方を教わった三浦君が、受領の紙を裏返した。
「三人とも受け取っています。一人はまだ食べてる。二人は持ったまま、倉庫の奥へ」
食べ終えていない椀を、紛失扱いにしたくない。俺が倉庫へ取りに行こうとすると、三浦君は紙を戻した。
「自分で渡したんです。声をかけるのも俺がやります」
「お願いします」
彼が行ったあと、舗装地には洗う前の道具だけが残った。仁科さんの車は別の便へ出ていて、戻る予定がない。昨日までは鍋と椀を積む最後の一台を、いつの間にかあの車だと思っていた。
藤森さんが鍋の底をのぞく。
「これを持って帰る人、表にいる?」
「洗い担当はいます。でも運ぶ担当はいません」
「じゃあ、先に運ぶ数を減らそう」
彼女は大鍋を無理に持ち上げず、残った水を適切な場所で処理し、洗える物と後で運ぶ物を分けた。現地の水が使えるのは今日の許可がある時間まで。無理に全部を洗えば、今度は手を洗う水が足りなくなる。
俺は残りの水量と、返却先を見直した。
「椀が戻れば、その分は倉庫で洗えます。鍋だけを先に台車へ」
「台車、一台しかないよ」
「二往復にします。運ぶ人にその時間を聞いてから」
俺の頭の中では、一往復で終わっていた仕事だった。人の足がもう一往復いる。無償の「ついで」ではない。
◇
音羽さんは、現地の運搬担当の終業時刻を確認した。
「その人は今日の二便まで承諾しています。追加は頼めません」
「一便を鍋、もう一便を椀に」
「遅く返ってくる三つは?」
「倉庫で洗います。受け取りと返却を三浦君に確認します」
昨日の俺なら、遅い椀を待って全員を動かさないままにしたかもしれない。今日は鍋を先に戻す。残り三つのために、働いた人の終業を延ばさない。
神代さんから短い連絡が来た。別の経路確認に入るので、夕方まで連絡が細くなる。俺は彼女へ鍋の数を報告しそうになり、やめた。救助の担当に必要な情報ではない。
代わりに「俺の食事は取ります」と送る。返事はしばらく来ない。彼女も仕事中だ。
三浦君が椀を二つ抱えて戻った。
「一人は食べ終わった。もう一人は今夜まで使いたいって」
「汚れたまま置くなら、回収方法を決めましょう」
「俺が夕飯の時に取りに行く。本人にそう言ってきた」
返却が遅いことと、所在が不明なことは違う。三つ目の椀も、昼食をゆっくり食べていた人が自分で持って来た。俺は紙へ時刻を書き、残る一つは夜の担当へ引き継いだ。
◇
台車の二便が倉庫へ着いた頃、三浦君は自分の腕をさすっていた。
「明日はもうちょっと軽い物を運ぼう」
「別の車を探しますか」
「それも。でも、鍋を空にしてから運ぶのは続ける」
見つけた答えを俺が書く前に、彼は自分の作業表へ書いた。俺はその表の時間を見て、明日の運搬担当がまだ決まっていないことを指す。
「ここは、本人に聞いてからですね」
「久野さんに教わった」
彼は鉛筆を止めた。人が抜けても、やり方は残る。ただし残った人を、次の久野さんにしてしまえば同じことだ。
夕方、最後の椀が回収され、洗われた。昼の五十三人分の受領も、返却の行き先も閉じた。昨日、食事を断った女性の分は本人希望の乾いた物で用意し、温食の椀を無理に渡していない。医療の確認はその担当へ任せたままだ。
神代さんから「戻る」と連絡が届く。俺は今度こそ、仕事の紙を閉じた。
空の椀が棚に並んでいた。満腹を証明する物ではない。明日また人が使えるように、今日の仕事を終えた印だった。




