店主が休む日に、鍋は誰が持つ
昨日の十六時に、今日の昼の場所と担当を告知できた。その翌朝、藤森さんは俺の書いた当番表の「調理補助」という欄を指先で隠した。
「この二人、昨日は切って、炊いて、洗って、最後に鍋まで運んだよ」
「補助ではありませんね」
「名前を直すだけなら、あなたがやればいい。聞きたいのは、その仕事をいつまでただで頼む気かってこと」
俺はペンの蓋を閉めた。
救援の初日は、誰もが手を貸した。だが差し出されたその手を、二日目から当然の人員として計算し始めると、食堂は一番働いた人から壊れていく。
「今日の分なら、音羽さんが確認できる応急の作業費があります。明日以降はまだ分かりません」
「なら今日は今日の仕事として決める。休みもね」
藤森さんが二人を呼んだ。本人が出られる時間を確認してから、火を扱う人と配膳する人を分ける。俺の表では、二人とも朝から夕方まで同じ一本の線で塗りつぶされていた。
「これ、誰の表?」
「俺のです」
「だろうね。あなたの休みが書いてない」
昨日から自分自身で見落としていた欄を、初めて指摘された。
音羽さんに短く相談し、今日の賃金の対象と記録方法を確認した。明日も同じ支払いがあるかのような言い方はしない。藤森さんは条件を聞いた二人の承諾を待ってから、昼の五十三食を引き受けると言った。
「真壁さんは、今日は鍋に触らないで」
「食数の照合くらいならできます」
「それも私たちでやる。店主がいない時にどこで困るかを、今日見ておきたいんだ」
試験にしては、待たされる俺の方が落ち着かなかった。
◇
神代さんは倉庫の外で装備を点検していた。午後の経路確認へ出る前だ。
「珍しい。台所から追い出された?」
「正確には、仕事を返しました」
「顔が返せてない」
彼女が俺の手元に視線を落とす。無意識に指で椀を数えていた。五十三まで数え切る前に、指を止める。
「藤森さんの班だけで出せるか、試す日なんです」
「できなかったら?」
「今日の不足分だけ、俺が手伝います。明日も俺を足す前提にはしません」
「うん」
それで話は終わった。神代さんは自分の班の迎えと連絡時刻を確認し、俺には空いている椅子を指し示した。俺が座るかどうかまで、当番表には書かれていない。
温かい茶を持って、倉庫の片隅に腰を下ろした。鍋の音が聞こえるたびに立ち上がりたくなる。俺がいなくても現場が回るのは喜ぶべきことだ。実際、少し寂しかった。
十時半、配膳担当の女性がやってきた。
「食事条件の紙、二枚目が見当たらなくて」
俺の手が鞄へ伸びるより早く、彼女は言葉を続けた。
「音羽さんの控えを借りました。本人にも確認してあります。あなたへ知らせるのはその後でいいって、藤森さんが」
「……はい。それで合っています」
俺は鞄を開けずに手を戻した。
紛失した紙を勝手な推測で埋めず、別の記録と本人の返事に立ち返った。俺ならそう動いたはずの手順を、俺のいない場所で進めている。
◇
昼の受領報告は、藤森さんの筆跡で届いた。五十三食。倉庫で受け取った分と、作業場所で受け取った分が重複しないよう、彼女たちがきちんと分けている。返却された椀の数も、配膳を担当した人が記していた。
「一つだけ、味が薄いって言われたよ」
藤森さんが鍋の蓋を外した。
「体調の条件じゃない方の『薄い』ね。次は本人に聞いてから、塩を別で渡すことにする」
「俺なら、鍋全体の味を直そうとしたかもしれません」
「みんなの鍋を?」
「口にしてから気づきました」
彼女は短く笑い、今日の作業時間を書き込んだ。二人の休憩も予定どおり取れている。音羽さんへ渡す費用の紙にも、炊事を担った人たち自身の名前が並んでいた。
「明日の分は?」と俺は尋ねた。
「支払いが決まったら受ける。決まらなかったら、別の出し方を考える」
五十三人分の昼が、今日一日だけ俺の手を離れた。奇跡ではない。賃金、休み、確認する紙、そして鍋を持つ人の意思。その四つを、今日そろえた。
藤森さんは、余った小さな椀を俺へ差し出した。
「作業者の分。五十三には入れてないから」
神代さんが戻ってくる前に、俺は座ったままそれを口に運んだ。
仕事を誰かに渡した日の飯は、自分で作った物より少し熱かった。




