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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第二事件 帰還者名簿にいない四人目

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9/14

忘れた仲間を、もう一度迎えに行く

 救助へ向かう四人に、俺が最初に渡したのは武器ではない。


 昼食だった。


「重い」


 神代さんが、自分の補給袋を持ち上げる。


「食料に対する感想として不適切です」


「量の話」


「神代さんだけ二倍です」


「差別?」


「実績に基づく配分です」


 雷撃一回で体温と血糖を大きく消耗する人間を、平等という名目で同じ量にする方が危険だった。


 高容量糖質パック四本。


 電解質水二本。


 塩むすび四つ。


 本人の希望は六つだったので、交渉の余地は残していない。


 黒瀬さん、水城さん、堂前さんにも、それぞれ行動食、水、救急包帯、予備の手袋を渡す。


 医師の再検査と国の監督官の許可は下りた。


 条件は多い。


 単独行動禁止。


 二十分ごとの認知確認。


 症状悪化時は即時撤退。


 午後四時五十四分より一時間前に、換気井から離脱を開始する。


「羽鳥さんを見つけていなくても、ですか」


 黒瀬さんが尋ねた。


「見つけていなくてもです」


「置いて帰れと」


「探す人間を追加しないためです」


 黒瀬さんの視線が硬くなる。


 隊長として、聞きたくない答えだろう。


 俺も、言いたくはない。


「撤退時刻を過ぎても探せば、羽鳥さんが助かる確率は上がります」


「なら」


「同時に、五人全員が帰らない確率も上がる」


 六年前の俺は、その計算を上司へ渡して終わった。


 今日は違う。


「撤退命令は、俺が出します」


 黒瀬さんは数秒黙り、うなずいた。


「従います」


「私も」


 神代さんが言う。


 意外だった。


「何」


「いえ。神代さんの口から素直な返事を聞くと、追加検査が必要かと」


「やめる?」


「まさか」


 忘れないうちに記録しておきたい。


 今回の装備で、一番目立つのは紙だった。


 各自の左腕に、防水紙の帯を巻く。


 太い文字で、五人の氏名。


 神代凛花。


 黒瀬直人。


 水城美奈。


 堂前豪。


 羽鳥澪。


 その下に二行。


 四人で入る。


 五人で帰る。


「子どもの遠足みたいですね」


 水城さんが自分の帯を見る。


「遠足の引率者は、人数確認を笑いません」


「端末にも表示できます」


「端末が先に忘れます」


 水城さんは反論せず、帯をきつく締めた。


 紙地図は一人一枚。


 羽鳥が書いた原本は地上へ残し、複写へ赤い帰路、青い補給地点、黒い撤退時刻を記す。


 経路標は、文字を使わない。


 三角は進行。


 丸は地上への帰路。


 バツは通行不可。


 迷ったら丸だけを追う。


「名前を忘れても、形は残る」


 堂前さんが言った。


「その前提で作ります」


「俺たちは、また忘れるんでしょうか」


「分かりません」


 四回目の同じ答えだった。


 回数が増えても、親切にはならない。


「だから、記憶が無事であることを計画へ入れません」


 通信は二系統。


 一本目は、有線の音声線。


 消防が旧保守坑道へ敷いたケーブルを、第4層入口まで延長する。記録装置は地上側へ置く。


 二本目は、白い帰還索。


 五十メートルごとに大きな結び目。一つ、二つ、三つと繰り返し、紙地図の区画番号へ対応させる。


 音声が切れても、手で触れれば地上の方向が分かる。


 索を一度引けば停止。


 二度で進行。


 三度で撤退。


「四度は」


 神代さんが聞く。


「食料追加」


「本当?」


「通信試験は良好です」


「いま嘘をついた」


「判断力も良好ですね」


 午前十時三十八分。


 四人が北側保守坑道へ入った。


 俺は帰路亭ではなく、ゲート脇の地上指揮所にいる。


 ホワイトボードには、五人の名前。


 厨房では四人分のカレーを保温している。


 神代さんの分は別だ。


 鍋の容量と事件の中心人数は、同じである必要がない。


『第1層通過。異常なし』


 黒瀬さんの声が、有線端末から届く。


「認知確認」


『進入四名。帰還予定五名。目標、羽鳥澪』


「続行してください」


 地図へ時刻を書く。


 10:51。


 入口から十三分。


 予定より一分早い。


 早いこと自体は褒めない。


 迷宮では、一分の貯金を作るために、十分の安全を使う人間がいる。


『速度は維持。神代さん、先行しないでください』


『してない』


「返事が近いですね」


『黒瀬の隣』


『本当です』


 黒瀬さんの証言が入る。


 素晴らしい。


 Sランク探索者の歩調管理には、第三者認証が必要だった。


 第2層。


 白い菌糸の回廊。


 11:17、最初の補給地点。


『水分補給。全員異常なし』


「紙帯を読んでください」


 一人ずつ、五人の名前を読む。


 最後の羽鳥澪で、白峰隊の声が一拍遅れた。


 名前は文字として読める。


 顔は浮かばない。


 それでも、読むたびに地上の名簿へ戻る。


 11:46、第3層。


 有線音声へ雑音が混じり始める。


『黒い泥。北側に新しい亀裂』


 水城さんが報告する。


「羽鳥さんの地図では、亀裂の手前を左です」


『左は壁です』


「空気は」


 数秒、返答がない。


『流れています』


 神代さんの声。


『壁の下。隙間がある』


「堂前さん、押せますか」


『やります』


 石が擦れる音。


 太い呼吸。


 やがて、黒瀬さんの声が戻る。


『通路を確認。紙の標識があります』


「形は」


『三角』


 羽鳥は、地図だけでなく現地にも紙を残していた。


 知らない三人が戻ってくると信じて。


『裏に何か書いてあります』


「読んでください」


『読めるなら、まだ大丈夫。読めなくても、丸を追え』


 羽鳥の軽口らしい。


 本人の声を聞いただけで、性格が少し分かる。


『嫌いじゃない』


 神代さんが言う。


「その評価は八代さんにも使っていましたね」


『好きではない』


「そこまで同じですか」


 12:09。


 第4層西回廊。


 水城さんの端末が警告音を鳴らした。


『魔素濃度、上昇。上限の六割』


「端末を閉じて、紙へ切り替えてください」


『まだ記録できます』


「できるうちに閉じます」


 沈黙。


『了解』


 水城さんの声は悔しそうだった。


 測ることが仕事の人間へ、測定器をしまえと言う。


 簡単ではない。


 だが、数字が消える瞬間まで見届ける必要はなかった。


『帰還索、結び目四を確認』


「現在位置と一致。十二時二十分まで停止して補給」


『換気井まで近い』


 黒瀬さんが言う。


「だから止まります」


『羽鳥さんの水は』


「残りません」


 堂前さんの呼吸が重くなる。


「自分の分を残しても、本人へ届く前に運ぶ人間が倒れます。いま飲んでください」


『……了解』


 指揮所の時計を見る。


 秒針が一周するたび、地図上の距離は変わらない。


 待つ側の時間は、補給物資にならない。


 それでも、急げとは言わない。


 12:21、行動再開。


 西回廊の奥へ入ると、音声が途切れた。


 雑音。


 呼びかけ。


 応答なし。


 俺は帰還索の端を握る。


 消防隊員が、音声線の接続を確認する。


「断線ではありません」


「魔素干渉ですね」


 白い索が、わずかに動いた。


 一度。


 停止。


 こちらから二度引く。


 進行可能。


 返答はない。


 十秒後、二度返ってきた。


 声がなくても、指揮系統は残っている。


 12:34。


 索が急に張った。


 一度。


 続けて一度。


 停止が二回。


「何かに引っかかった?」


 消防隊員が言う。


 俺は索へ触れる。


 細かい振動が続いている。


 人間の手だ。


 三度。


 撤退。


 地上側の全員が動く。


「引き戻しますか」


「待ってください」


 三度のあとに、二度。


 撤退。


 進行。


 矛盾した信号。


 記憶が欠け始めた可能性がある。


「紙帯を確認させる信号は」


 宮前さんが聞く。


「決めていません」


 計画の穴だった。


 完璧な手順書は、現場へ持っていけない。


 俺は索を四度引いた。


「食料追加?」


「本当の意味にします」


 四度。


 神代さんだけが知っている、役に立たない冗談。


 もう一度、四度。


 長い十秒。


 索が四度返る。


 直後、有線音声が戻った。


『真壁』


 神代さんの声。


「状況を」


『黒瀬が、撤退信号を出したことを忘れた』


『すみません』


 黒瀬さんの声が重なる。


『紙には、進行可能と書いてある。帰還索の結び目も四。現在位置は合っています』


「身体症状は」


『頭痛。ほかはない』


『魔素濃度は不明。端末は閉じています』


 水城さん。


「紙帯を読んでください」


 四人が、順に名前を読む。


 神代凛花。


 黒瀬直人。


 水城美奈。


 堂前豪。


 羽鳥澪。


 五人目の名前だけは、全員が読んだ。


「撤退判断を更新します。十三時までに換気井へ到達できなければ引き返す」


『あと二十分』


「足りますか」


『足らせる』


 神代さんが言う。


「先行は」


『しない』


 返事の後ろで、紙をめくる音がした。


『羽鳥の矢印を追う』


 十二時五十七分。


 音声線の向こうで、風が鳴った。


『換気井』


 黒瀬さん。


『留め具は半分閉じています。向こう側に空間』


「三分で判断してください」


『人の痕跡があります』


 堂前さんの声が近づく。


『包帯。空の水筒。紙が』


 雑音。


『真壁』


 神代さんの声が変わった。


「見つけましたか」


『いる』


 指揮所の全員が息を止める。


「状態」


『意識あり。右足を固定してる。脱水。呼吸はできてる』


 羽鳥は生きていた。


 喜ぶのは、帰還してからだ。


「接触前に紙帯を見せてください。名前と人数を伝える」


『分かった』


 しばらく、風の音だけが続く。


 そこへ、知らない女の声が入った。


『救助隊?』


 軽い。


 弱っていることを悟らせたくない声だった。


『神代凛花。黒瀬直人、水城美奈、堂前豪。四人で入りました』


 神代さんが読む。


『羽鳥澪を加えて、五人で帰ります』


 沈黙。


『羽鳥澪』


 女が、自分の名前に反応する。


『それ、私。私を迎えに来たの?』


「試験札の登録と一致します」


 俺は地上から答えた。


『そっか。会社、最低限の仕事はしたんだ』


 小さな笑い。


 そのあと、羽鳥は白峰隊の三人を順に見たらしい。


『悪いけど』


 風の中で、声だけがはっきり届いた。


『私、この三人を知らない』

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