帰る道が決まるまで、食堂は動く
朝の人数は、俺の帳面ではなく音羽さんの原本で確かめた。
初期七十四人から、昨日までに二十人と少年一人が外へ移った。倉庫で夜を越したのは五十三人。少年が知らせた川向こうの四人は別で、全員が医療へ引き継がれている。
「七十八人で町の全員、ではありません」と音羽さん。
「未連絡の家がありますね」
「はい。調査は続けます」
俺の紙に必要なのは、いま食べる五十三人の食事と、別の場所へ届ける分だった。町全体の未確認者を、食数の外だからと消すわけではない。
藤森さんが乾いた椀を棚へ並べた。欠けた物だけ脇へ置く。
「広くなりましたね」
「歩く距離もね」
棚と配膳の場所が離れていた。彼女が地元の二人を呼び、棚の位置を変える。俺が動線を説明する前に、三人は椀を運び終えた。
「俺は数を確認します」
「それでいいよ。こっちは私たちがやる」
厨房の役を手放す、という大げさな話ではない。俺の手が届かない所で、皿が出せるようになった。
◇
仁科さんの車には燃料が入った。音羽さんが費用を記録し、車の使用条件も確認している。だからといって、倉庫の軒先に厨房を固定する必要はない。
「近くの空き地で、昼を一回作ってみたいです」と俺。
神代さんが道を確認し、日中に使える区間だけ地図へ記した。空き地の水と火は、現地で再確認が必要だった。
音羽さんは予定表を見て答えた。
「住民は今日は動かしません。食事の担当だけ移すなら、受け取り先と戻る便を決めてください」
藤森さんが手を挙げる。
「私も行く。食べ方を説明する人が要る」
仁科さんも自分で車の鍵を取った。
「荷は運ぶ。人は町の便だ」
同じ車を使っても、誰の選択で動くかが昨日と違う。俺は二人の名前を作業表に書き、休む時刻も確認した。
外へ移った二十一人の食事は、各受け入れ先が担当する。俺たちが安心のために作り足しても、その分は倉庫の荷になるだけだ。五十三人分の条件を藤森さんと照合し、車へ積んだ。
◇
空き地へ着くと、仁科さんが車を通路から外した。設備担当と火の位置を確認し、藤森さんが水を調べる。使えることを確かめてから、鍋を置いた。
受け取りに来た係が、紙を読んだ。
「倉庫へ五十三。こちらで働く二人へ、追加で二」
「その二人は五十三の中です」
俺は名簿の写しと食事の表を見せた。作業の場所だけが違う二人に余分を出せば、倉庫の誰かの一食が足りない。
「じゃあ、五十三を二か所へ分けるんですね」
「はい。こちらで二、倉庫へ五十一です」
係が行き先を書き直す。紙の上で間違いに気づけたのは、届ける人が俺と違う表を持っていたからだ。
料理を受け取った男性が聞いた。
「ここが食堂になるのか」
「今日はここで昼を作ります」
「明日は?」
「道と水を確認してから決めます。決まったら、先に知らせます」
男性は皿を受け取り、横で荷を運ぶ女性と話し始めた。
「外へ出る車、増えるって」
「聞いた。私は明日も運ぶつもり」
「俺は、ここがどうなるか見てからだな」
どちらの返事も、この昼を食べることと矛盾しない。
俺は二人の働いた便を記した。避難している人が食事を運んだからと、仕事の対価や休みを曖昧にしてよいわけではない。音羽さんと本人へ、次の便までに確認する。
昼の配達は、倉庫側から受領の連絡が来た。空き地側の二人も、ここで受け取った。五十三人分の行き先がそろい、鍋の残りと紙が合った。
神代さんが歩いて来た。
「戻る便まで、少しある?」
「あります。神代さんの分も」
俺たちは車の陰に座り、自分たちの皿を持った。彼女の分は、住民の五十三人とは別に用意してある。
「店の札、持ってきた?」
「帰路亭の札は、店に置いてきました」
「そっか」
ここを誰の店と呼ぶかは、俺だけでは決められない。食事を作る仕事が続くかどうかも、明日の道と、働く人の返事が要る。
だが今日の昼は、数えた人へ届いた。
俺も一口食べる。道が動いても、この一食の行き先は動かなかった。




