帰れる人から、帰りたいとは限らない
朝の便で外へ移ると決めた人は、二十人だった。
移送車に席が二十ある、というだけの数ではない。受け入れ先が決まり、本人の返事と、同行する人や医療の条件がそろった二十人だ。
音羽さんが広場で行き先を説明した。
「隣の市へ移ります。場所と連絡先は、各自にお渡しします」
前にいた男性が手を挙げる。
「妻がここに残るなら、俺は行かない」
「奥様の希望は、別に伺います」
「俺が聞いてくる」
「一緒に行きましょう。お二人の返事を、別々に残します」
男性は少し顔をしかめたが、音羽さんと歩き出した。夫婦の予定を一つの欄で済ませるなら、俺と神代さんもとっくに同じ当番表へ入れられている。
列の外の女性が聞いた。
「今日決めなかったら、明日は出られませんか」
「明日の道は確認が必要です。次の便の時刻も、いまは約束できません」
音羽さんは悪い条件を伏せなかった。女性は家族への連絡を待つと言い、今日の便には乗らない。俺はその理由を聞かず、倉庫へ運ぶ昼食に彼女の分を残した。
俺の表には、朝ここで食べる数と、出発する二十人の携行食を別に書いた。出発が遅れれば昼の食事も要る。鉛筆の二十に丸を付けるのは、受け入れ側へ着いたと確認してからだ。
「向こうで食べる分も持たせる?」と藤森さん。
「到着後の食事は先方が出すそうです。道中の水と食べ物だけ、別の箱へ」
必要以上に持たせた重さは、歩く人の負担になる。
仁科さんは列の後ろで、年配の女性と話していた。母親だと後で分かった。
「母さんは俺と倉庫へ行く」
「私は外へ行くよ」
仁科さんの手が車の鍵を握ったまま止まる。
「でも、家は」
「家は逃げない。道は逃げるらしいけどね。向こうで妹に電話をする」
母親は音羽さんの方へ歩いた。仁科さんは追いかけず、鍵を持ち直す。
「乗り場まで送るよ」
「町の車が出るんでしょう。あんたは自分の便を確認しなさい」
音羽さんが迎えの車を指した。仁科さんは母親へうなずく。俺は二人の間に入らなかった。
◇
神代さんが、旧鉄道倉庫までの経路を消防と確認して戻った。
「狭い所は、人と車を一緒に通せない」
「荷は後ですか」
「先に水と医療の物。鍋は待てる」
昼に火を使いたい気持ちはある。だが、鍋だけ先に着いても誰の食事を作るのか分からない。
「先行する人へは、加熱しない昼を渡します。夕飯の鍋は後便で」
神代さんは短くうなずき、住民の列へ戻った。
藤森さんが配膳を引き受け、俺は後便の食材を分ける。彼女から『こちらは終わった』と連絡が来た。
『藤森さんの分もあります。倉庫で食べられますか』
『食べる。作る人も数えてくれてるなら』
俺は自分の分も表へ入れた。仕事をする人だけ食事から消える失敗は、前の店で十分にやった。
音羽さんが通路の手前で足を止めた。
「西側の近道が通れるそうです。ただ、確認した人は一人です」
早く着くなら、橋向こうの二人の搬送にも使えるかもしれない。それでも、いま歩いている住民を未確認の道へ向ける理由にはならなかった。
「この列は確認済みの道で」
音羽さんは決め、遅れの見込みを救助担当へ伝えた。待つことも、仕事だった。
正午、先行した人たちが倉庫へ着く。外へ向かう二十人には、道中の食事と水を渡した。
仁科さんの母親が容器を受け取り、携帯を息子へ向ける。
「つながったら、先に私がかける」
「分かった」
俺は倉庫へ運んだ昼食の数を見直した。初期七十四人のうち二十人が外へ向かう。倉庫で昼を取る五十四人の中で、少年はまだ叔母を待っている。
その時、神代さんから連絡が来た。
『橋向こうの二人、上流側から搬送を開始。医療が同行』
少年は倉庫の入口で荷札を握り、俺を見上げた。
「叔母さんは、こっちから来る?」
「医療の人が使う道は別です。着いたら、音羽さんから聞きましょう」
少年は札を握り直した。待つ場所だけは、もう変えなくてよかった。




