食堂には、車輪をつけられる
外壁の線を見た設備担当が、ターミナルの使用を止めた。
まだ建物は立っている。だから鍋だけ取りに戻れる、とはならない。音羽さんが出入口に立ち、七十四人を確認済みの広場へ案内した。
「持ち出しは、許可が出た物を担当者が運びます」
藤森さんは、自分の鍋へ伸ばしかけた手を止めた。代わりに、食事条件を書いた紙を取る。
「これは私が持つ」
「お願いします。俺は食材の作業表を持ちます」
原本の人と食事を、別の場所へ運ぶ。片方だけ着いても夕飯にはならない。
広場は旧鉄道倉庫の前にあった。軒はあるが、全員を中へ入れる許可はまだない。音羽さんが座る場所と医療の通路を分け、住民へ伝えている。
「夕飯は?」と仁科さん。
「今ある物なら、火を使わずに出せます」
「また冷たいのか」
「温かい物を作れる場所があれば、変えられます」
仁科さんが配送車を指した。
「荷台、空けられる。食材と道具なら運べる」
車に鍋を積めば食堂になるなら、俺は三年前に車を買っていた。手洗い、水、火、保管温度。出来上がった料理を腹痛の原因にしては困る。
「車の中では火を使えません」
「外でやる。俺の車は運ぶだけ」
藤森さんは軒先を見た。
「風を避けるなら、あそこ。先に水が必要」
音羽さんと設備担当が位置を確認し、使える範囲を決めた。調理は藤森さんと俺。車と燃料は仁科さんが提供し、使用を記録する。食事条件の照合は、現地の担当が持つ。
住民の一人が椅子を持って来た。
「ここで待っていい?」
そこは医療の通路に近かった。俺が指した線は、地面にはまだ引かれていない。
「音羽さんに場所を確認します。座れるところを先に用意します」
藤森さんが椅子を受け取る。
「立たせたまま、温かいのを待ってもらわない」
鍋の位置より、椅子の位置が先になった。
◇
許可が出て、藤森さんの鍋が届いた。
「私のだから。底のへこみを見れば分かる」
「持ちます」
「私も持つ」
二人で両側を持ち、軒先へ運ぶ。鍋の持ち主に手順まで渡してもらう必要はない。藤森さんは地元の二人へ手洗いと配膳の場所を示し、俺は食材を確かめた。
仁科さんが米袋を下ろす。
「地元の店が預けた。使えるか」
「表示と保管状態を見ます。代金は?」
「店はあとでいいって」
「その『あとで』を残しておきます」
善意を無料の契約に変えない。仁科さんは袋の脇へ店の名前を書いた。
夕飯は野菜入りの粥と、温めた缶詰にした。食事条件が異なる人の容器は分ける。医療へ確認していた一人は返事を受けてから渡した。
俺は何度かターミナルを振り返った。まだ食材は残っている。取りに戻れば一品増やせるかもしれない。だが、いまの場所にある物で、今夜の分を作れる。
「真壁さん、こっち」
藤森さんに呼ばれ、配膳台へ戻った。彼女は食べる順番も知っている。列に来ない男性の分は、温度を保てる時刻を記して彼女へ渡した。俺が知らない人の席へ押しかけるより、ずっと確かだった。
少年が空の椀を返しに来た。
「叔母さんの分は」
「向こうへ届ける食事は、救助側と別に確認しています」
橋の向こうの二人は、まだこちらへ来られない。食事を作ったことで、その距離は縮まらなかった。
「明日もここ?」
「変わるかもしれません。決まったら先に伝えます」
少年は広場の車を見た。
「家も学校も、場所が分からなくなった」
俺は車の鍵を見た。鍋は運べる。家は運べない。
夜、音羽さんが広場の安全確認を回り、翌朝の候補として倉庫を示した。車は食材だけでなく、先に寝具を運ぶ必要がある。人を仁科さんの荷台に乗せる案は採らず、別の便を手配した。
軒先の火を落とす。夕飯は出せた。ここで眠れるようになったわけではない。




