夕飯を食べた場所に、朝の道はない
旧橋は、まだ見えた。
橋まで行く道が、なくなっていた。
昨日は住宅の角を曲がれば欄干があった。今は曲がった先に低い石の段が重なり、欄干は向こう側に浮いて見える。
仁科さんが朝の写真と、いま撮った写真を並べた。
「見えてるのに行けないって、腹が立つな」
俺にも距離は近く見える。近いことと、担架を通せることは別だった。
「向こうの二人は?」
「救助者が付いています。医療と水も届いています」と音羽さん。「地上側への別経路を調べています」
神代さんは段の手前に立ち、すぐには上がらなかった。
「私なら越えられる。でも担架は、ここからじゃ運べない」
「別の道を見ますか」
「消防と決めてから」
昨夜、自分で休むと言った人が、今朝も他人と仕事を決めている。俺は少し肩の力を抜いた。彼女がいれば誰でも運べる、という都合のいい計算をしなくて済む。
俺も炊事場の椅子で何時間か眠った。帰路亭へ戻るより先に、ここで朝食を作る役がある。
◇
ターミナルへ戻ると、藤森さんが米袋を結んでいた。
「昼の分はある。夜は外の便しだい」
音羽さんが、車は止めていると教えた。人は通れる場所から、箱を手渡しする。昨日の搬入表に車一台と書いた欄は、もう使えない。
俺は箱を開き、食事条件のある四人の分を分けた。次に飲み水。火と水がないまま大鍋だけ先に届いても、空腹には役立たない。
手渡しの列が止まる。俺は箱を抱えかけたが、音羽さんに呼ばれた。
「真壁さんは受領を見てください。通路は別の担当が運びます」
向こうから品目を読み上げる声がする。俺が運べば、こちらで受け取った記録を書く人がいなくなる。箱を下ろした。
仁科さんが大鍋を持って待っている。
「これは、まだ?」
「水が先です」
「了解。昨日の道なら、鍋ごと運べたんだけどな」
彼は車の脇へ鍋を戻した。俺も使い残した昨日の段取りを責めなかった。
午前中、上流側の水路沿いに回る道が見つかった。神代さんと消防が通行を確認し、医療が担架を運ぶ条件を見ている。見つかった道を、すぐ搬送完了に書き換えない。
少年は同じ席で待っていた。今朝は汁を飲んだらしい。
「今日、叔母さん戻れる?」
音羽さんが膝を折る。
「使えるか調べている道があります。時刻はまだ決められません。決まったら、あなたへ先に伝えます」
少年はうなずいた。机の端を握る手は離さない。
藤森さんに呼ばれ、炊事場へ戻った。
「こっちの火、消える。さっきから三回」
窓の隙間から風が吹き、炎を横へ流していた。昨日より窓枠が歪んでいる。俺は火を止め、音羽さんへ設備確認を頼んだ。
「ここで夜も作るのは、難しそう」
藤森さんが小鍋を持ち上げ、また台へ置く。彼女が今まで誰の食事を作ってきたか、俺は知らない。だから持ち出す順も勝手に決められない。
「移動の許可が出たら、この鍋を持つ」と彼女が言った。
「お願いします。俺は先に食べられる物を分けます」
昼は加熱しなくても出せる物を使う。食べられる条件がある人の分は、手渡しで先に届いた箱から選んだ。
昨日、最初は食事を断った女性が列に来た。容器を見て、手が止まる。
「温かいのは、今日はないの」
「ここの火は安全を確認できません。場所を探しています」
「夜には?」
「水と火が使えれば。無理なら、先に知らせます」
女性はうなずき、容器を受け取った。昨日と同じ席へ座ろうとして、入口を見た。
「ここには、夜もいられる?」
食事の場所を変えるだけでは済まない。俺が返事をする前に、音羽さんが建物の安全を調べていると伝えた。女性は席ではなく、外へ出た。
昼過ぎ、神代さんから上流側の道の写真が届いた。担架を曲げずに運べる幅があるか、隊員が確かめている。
俺が写真を閉じた時、入口で規制担当が壁へ手を当てた。
窓枠だけではなかった。外壁にも、朝にはなかった線が走っていた。




