↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
終幕 二人が選ぶ将来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/97

店主ではなく、あなたが好きです

 箸袋に、必要のない折り目が増えていた。


「何を作ってるの」


 神代さんに尋ねられ、俺は指先を止めた。


「……何も」

「すごく考え込んでる顔だった」


 畳みかけていた紙を、机の端へそっと置いた。

 火曜の夜。注文した料理はまだ運ばれてきていない。木曜から二週間、彼女は別の地域へ救助隊の講習に出向く。

 その出発前の夕食だった。


「昨日は、ちゃんと帰れた?」

「はい。現地の確認も、食事も終わりました」

「よかった」


 彼女がグラスの水を口に含む。

 仕事の報告は、それで終わってしまった。


 俺は箸袋へ伸びそうになった手を、太ももの上へ戻した。


「今日は、話したいことがあります」


 神代さんがグラスをテーブルへ下ろした。


「うん」


 その返事で、かえって緊張した。

 業務の手順や段取りを説明するときなら、言葉の順序はおのずと決まる。だが今は、どの話題から切り出しても、肝心なところを避けてしまいそうだった。


「新しい店ができてからにしようと、思っていました」

「何を?」

「ちゃんと仕事が軌道に乗って、生活が落ち着いてから」


 口にしながら、自分でもそれは順番が違うと分かっていた。

 店ができたら、次は売上が安定するまで待つだろう。そのあとも、きっと別の理由を探して先延ばしにする。


 神代さんは、急かすことなく待っていた。

 その瞳をまっすぐに見つめ、俺はようやく言葉にした。


「神代さんが好きです」


 彼女の指が、グラスの縁からすっと離れた。


「一緒にいるのが、仕事の場だけでは足りません。付き合ってください」


 言い終えた瞬間、店内のざわめきが急に耳へと戻ってきた。

 隣の席で誰かが追加注文を頼み、厨房の奥で皿が触れ合う音が響く。

 告白したからといって世界が静まり返るほど、現実は都合よくできていなかった。


 神代さんは、わずかに視線を伏せた。


「私も」


 顔を上げた彼女は、柔らかく笑っていた。


「真壁さんが好き。店主だからじゃなくて」


 俺は息を呑み、言葉を返そうとした。

 それより早く、彼女が続けた。


「うん。付き合おう」


 何度も頷くのは格好がつかない。

 それでも、一度頷いただけでは到底足りなかった。


◇


 料理を運んできた店員へ、俺たちは同時に場所を空けようとした。

 肘同士がぶつかり、謝る声まで重なってしまう。


「急に、下手になった」


 神代さんが小さく吹き出した。


「何がですか」

「二人で座るの」


 これまで何度も食事をともにしてきた相手なのに、急に視線のやり場が分からなくなっていた。

 運ばれてきた料理を一口食べた。

 味は、ちゃんと美味しく感じられた。


「木曜からの講習は、予定どおりですね」


 俺が言うと、神代さんが箸を止めた。


「行くよ」

「はい。しっかり行ってきてください」


 彼女は俺の顔を確かめるように見て、それからふっと肩の力を抜いた。


「真壁さんは、店」

「作ります。無理をしない範囲で進めますよ」

「そこ、難しいでしょ」

「監督役が一人増えましたから」


 神代さんは、静かに首を横に振った。


「恋人。監督役じゃない」


 俺は手元の箸を置いた。

 自分から願ったはずの間柄なのに、彼女の口から直接告げられると、まるで違う深さで胸の奥へ届いた。


「……そうですね」


 ようやくそれだけ返すと、彼女も少し照れくさそうに料理へ箸を戻した。


◇


 食事を終え、会計を済ませて店の外へ出た。

 駅へ続く夜道を、二人並んで歩く。


 いつもなら、人が来る方へ先に目が行った。

 だが今夜は、隣を歩く彼女の手ばかりが気になって仕方がない。


「手、つないでもいいですか」


 神代さんが俺を見た。


「いいよ」


 彼女の方から、自然に手を差し出してくれた。

 指を重ねると、思ったより温かかった。


 危険な場所から誰かを引き上げるためではない。

 転ばないよう支えるためでもない。

 ただ並んで歩くためだけに、触れ合っていた。


「寂しいとは、言っていいんですよね」


 俺が確かめるように呟くと、彼女が笑った。


「言っていい。でも、二週間だよ」

「分かっています」

「私も、会いたくなると思う」


 重ねた指先に、きゅっと力が込められた。


 俺は、探索の帰還を報告されるだけの窓口になりたかったわけではない。

 仕事の話を何もしない日にも、ふと思い出してもらえる存在になりたかったのだ。

 それを言葉にする代わりに、握られた手をしっかりと握り返した。


◇


 駅の改札の手前で、どちらからともなく足を止めた。

 ここから先は、帰る方角が分かれる。


「講習から戻ったら、何が食べたいですか」


 尋ねると、神代さんは少しだけ考え込んだ。


「一緒に食べたい」


 具体的な献立の答えではなかった。

 だから、俺も料理の手順や味付けの説明を返さなかった。


「はい」


 彼女は頷き、つないだままの手元へ一度だけ目を落とした。

 俺も同じ場所を見た。


「離さないと、帰れないね」


 言われて、二人して思わず笑ってしまった。

 名残惜しさを残したまま、指をそっとほどく。


 彼女が改札口へ歩いていく背中を見送った。

 彼女が振り返ったときに手を振ると、向こうも返した。


 俺は、まだ温もりの残る手をポケットへ収めた。

 明日も、新しい店を作る準備を進める。

 木曜には、彼女が自分の仕事のために旅立つ。


 互いの予定は何も変わらないまま、俺たちの関係だけが、確かに変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。