十一人を、会社の外へ返す
説明会の最初に、十一人の名前が読まれた。
俺の名前ではなかった。
会社の責任者の名前でもなかった。
遺族の席で、一人が膝の上の袋を握り直した。
俺は、その手から目をそらして資料を開いた。
月曜の午後。
国の再調査結果と、それを受けた会社の回答が、当事者へ示された。外へ出す版では個人の情報を扱い分けるが、ここにいる人の名前まで設備番号へ置き換えることはなかった。
俺は関係者として呼ばれている。
十一人の代わりに、答えへ納得する役ではなかった。
◇
最初に、帰還できなかった経路が説明された。
構造変動と崩落で使える道が減り、認知と電子記録の欠損が状況の把握を難しくした。撤退する側は北線へ向かい、地上の受け入れ要員は計画変更で削られていた。
高梨さんは、旧版の手順を使って受け入れを始めた。
午後一時二十二分、十一番から応答があった。
十一人いる。担架二。歩行九。
これは高梨さんが聞いた言葉として記録されている。紙テープだけから、話した本人や全員の位置を断定したわけではない。
分からない部分を、分かったことにはしなかった。
だが、帰還の確認が終わっていないことは分かる。
その報告が本社技術室へ届き、設備保全の要求が出た。榊原は北線受け入れ終了を指示し、浜田さんが確認操作をした。
別の受け入れ先へ引き継いだ記録はなかった。
「午後二時十分の配置復帰指示も、榊原氏の指揮系統から出たものと確認しました」
調査担当が言った。
帰還確認を終えたから戻したのではない。受ける仕事の方を終わらせたのだ。
高梨さんは、背筋を伸ばして聞いていた。
その手元には、今日のために持ってきた自分の控えがあった。
「受け入れを続けていれば、全員助かったとまでは言えません」
担当の言葉に、一人の遺族が顔を上げた。
「それは分かっています。閉じた理由を、分からないままにしないでください」
俺も、同じ箇所へ線を引いていた。
◇
会社側の回答者は、三枝だけではなかった。
役員が立ち、会社の判断として説明を始めた。
深層晶の採取と再開発を急いだ理由は、資源事業に加え、測位・行動記録補正技術の実用化を進める契約と期限にあった。
高密度脈動下の危険は、六年前から技術資料と承認会議に残っていた。
それを現場の安全計画と同じ重さで扱わず、試験の継続と成果の保全を優先した。
「榊原個人の違法行為だけで、本件を説明してきた対応を撤回します」
役員が言った。
「人員を削った計画と、残した設備手順の不一致。危険情報の共有不足。事故後の説明について、会社として責任を認めます」
俺は顔を上げた。
八代さんは会場の端に座っていた。彼女の署名一つで、会社全体の責任を引き受けた紙ではなかった。
実際の閉鎖指示と確認操作も、別の人へ押し戻されなかった。
会社の責任があるから個人の判断が消える、という説明でもなかった。
試験札の現場投入と、下請へ渡した管理鍵についても、貸与・発行・使用を分けた調査結果が回答へ添えられた。
羽鳥さんを会社の試験名簿だけで扱ったこと。古賀が複製札を使わせたこと。その権限が外へ渡ったあと、用途を確認しなかったこと。
つながった箇所を、もう別々の会社の問題として切り離さなかった。
資料の終わりに、これからの補償と問い合わせ先があった。
受け取るために事実を話さないと約束する条件は、ついていなかった。
◇
会場から、構造変動についての質問が出た。
また同じことが起きるのか。
調査側は、安全に再開できるという回答はしなかった。
脈動が重なった時期に通路の変化が増え、深層の生物が上層へ動いた記録がある。調査で開けた経路も移動を許した。だが、次の発生を正確に予測できる段階ではない。
「未知の現象があったことと、分かっていた危険を伝えなかったことは別です」
宮前さんが確認した。
役員は、はい、と答えた。
迷宮が未知だから、誰も何もできなかった。
その一文へ、全部を戻すことはできなくなった。
俺への説明の番が来た。
六年前、補給計画の不備として俺一人へ責任を負わせた説明は誤りだったと、会社が認めた。
遠征開始確認書に俺の署名があることは、消されなかった。
記録へ残そうとしたことと、止められなかったこと。人を減らした決定や閉鎖の指示とは別に、それも俺の過去だった。
「訂正した説明を、当時の説明と同じ相手へ届けてください」
俺は言った。
「この部屋にいる人だけが知って終わる形には、しないでください」
役員が、実施の担当と連絡の方法を答えた。
俺は、謝罪を受け取ったことと、その約束の確認を別々に記録してもらった。
◇
説明会が終わっても、すぐに席を立てなかった。
遺族への個別説明は続く。刑事や賠償の手続きも、この一日では終わらない。
一人の女性が、俺の前で足を止めた。
「真壁さん。前のお店には、行けませんでした」
何と答えるべきか分からず、俺は立った。
「食べに行ったら、それで許したことになる気がして」
浜田さんへ、自分が言ったことを思い出した。
「食事と、そのことは別です」
今度は、ゆっくり言えた。
「来なくても構いません。食べたいと思った日に、来てください」
彼女は、まだ新しい店は決まっていないんですね、と尋ねた。
俺は、場所を見ているところです、と答えた。
「じゃあ、決まったら」
それ以上の約束はなかった。
それで十分だった。
建物の外で、神代さんが待っていた。
今日の説明会に同席していたが、最後の話には入ってこなかった。
「帰ろうか」
「はい」
鞄には、十一人の名前が載った説明書が入っている。
その経緯は、会社の外で保全された記録と一緒に残る。
俺は鞄を持ち直した。
六年前へ戻る道ではない。
今日の夕飯へ向かって、彼女と歩き始めた。




