足りないのは、弁当より椅子だった
奥村さんは、弁当を手に持ったまま眠っていた。
声をかけるべきか迷っていると、こちらへ顔を向けずに言った。
「起きてます」
「目が閉じていましたが」
「休憩ですから」
水曜の朝。西口物流休憩所へ、借りていた運搬箱を返しに来た。
ここは規制線の外にある。迷宮の仕事が止まっても、町の荷物は通るし、配送員は眠くなる。十六の席には、作業着の人がまばらに座っていた。
「温め直しましょうか」
俺が弁当を指すと、奥村さんは首を振った。
「それより、座って食べ終わる時間が欲しいですね」
蓋の内側に箸を置き、鳴りかけた電話を止める。
交代相手が来るまで、客の忘れ物を受け取る役も兼ねているらしい。
俺は、昨日の十八食の話をした。
配達先に人がいなかったことまで話すと、奥村さんはそこで笑った。
「運ぶ人が二人いて助かりましたね」
「一人なら、電話しながら箱を下ろしていたかもしれません」
「それ、ここでもやってます」
彼は自分の膝にある弁当を見た。
笑い話の場所が、急に近くなった。
◇
壁際の席にいた配送員が、空の紙コップを片づけた。
「帰路亭の人ですよね」
「はい」
「弁当、注文できます?」
俺は鞄へ手を伸ばした。
しかし相手は、料理の種類より先に時間を聞いた。
「朝の荷下ろしが終わったあと、食べられますか。八時だったり九時だったりします」
「事前に時刻を決めてもらえれば」
「それが読めなくて」
注文票を出しかけた手が止まる。
「冷えててもいいんです。ただ、車へ持って戻ると次の連絡が来るから。座って味噌汁まで飲めると、助かるんですけど」
奥村さんが、自分の食べかけを持ち上げた。
「まさにこれです」
弁当を増やせば解決すると思っていた。
でも、欲しいと言われているのは、箱の中の料理だけではなかった。
俺は注文票をしまった。
「何時ごろ、この席が空きますか」
今度は奥村さんへ尋ねた。
「ここを全部、食堂にしてしまうのは困りますよ。仮眠も、待ち合わせもありますから」
「はい。用途を変える相談ではありません」
断られる前に答えたつもりだったが、奥村さんは少し笑った。
「そこまで警戒しなくても。隣、見ます?」
◇
休憩所に隣接した空き区画は、以前売店だったという。
運営会社の担当が鍵を開けてくれた。奥村さんが一存で貸すのではない。
中へ入ると、床に棚の跡が残っていた。
入口から奥まで、数歩で見渡せる。
「前より小さいですね」
つい口に出すと、担当はうなずいた。
「大きい場所の空きは、今はありません」
俺は広さの説明を聞きながら、椅子を並べる位置を考えた。
十二席なら、通り道を残せそうだった。厨房は作る必要がある。給排水と換気を確認しなければ、店として使えるかも決まらない。
何もない部屋を見ているうちに、前の厨房を収めようとしていた。
あの冷蔵庫は入らない。作業台も長すぎる。棚の向きが逆になる。
ひとつずつ困ってから、気づいた。
持ち出せなかった物を置く場所で、悩んでいた。
「真壁さん?」
呼ばれて顔を上げた。
「いえ。ここでできる形から、考えます」
担当に、設備工事の可否と家賃の条件を出してもらうことにした。
その場では借りると答えなかった。
奥村さんが入口脇へ立つ。
「ここで調理ができれば、向こうの休憩所へ料理だけ出す形もありますね」
「食べる席と、待つ席を分けられます」
「うちの客を全員そちらへ追い出さないでくださいね」
「まだ、看板も掛けていません」
彼は笑って、鍵を担当へ返した。
◇
昼過ぎ、航さんに場所を見てもらった。
今日の配送依頼ではないと先に伝え、こちらが頼む現地確認の分は払うと決めてから来てもらった。
彼は部屋より先に、荷物を下ろす場所を見た。
「車を止める時間は、決めた方がいいです。ここ、ほかの便も使うので」
「入口を空けておけばいい、ではないんですね」
「自分の車だけなら、そうですけど」
俺は、また紙へ自分に都合のよい線を引くところだった。
荷受けの時刻を確認事項へ加える。
「金曜の話は、どうしますか」
車のことを尋ねると、航さんはポケットの鍵へ触れた。
「売る方も、考えてます。俺が乗りたいからって、母さんに待ってもらい続けるのは違うので」
俺は、次の注文を保証するような言葉を探さなかった。
「決めたら教えてください。車が変わっても、頼める仕事は相談したいです」
「はい」
彼が帰ったあと、神代さんへ空き区画の話を送った。
すぐに『見たい』と返ってきて、そのあとに『今日は当番。明後日なら』と続いた。
俺も、明後日、と返した。
今すぐ来てもらわなければ店が消えるわけではない。
夕方、宮前さんから電話があった。
『六年前の本社側の照会結果が、まとまりました。明日、実物の札も含めて説明します』
店を作る話とは、別の予定だった。
どちらも、今の俺の仕事だった。
明日の時刻を確認し、電話を切る。
それから奥村さんへ、朝食に何を食べたいか尋ねた。
「決まりました?」
「建物はまだです。献立の相談です」
「じゃあ、卵焼き。立ったままじゃなくて、皿で食べたいです」
俺は新しい紙の一番上へ、卵焼き、と書いた。
十二席をどう埋めるかより、先に書くことができた。




