配達先に、食べる人がいなかった
十八食を積んできたのに、受け取る人がいなかった。
資材置場の門は開いていた。
だが、人影がない。昨日指定された場所には、積み重ねられた空の台車だけが残されていた。
航さんは、車を敷地の端へ止めた。
「電話、しますか」
「はい。荷物はまだ下ろさないでください」
十一時半。
予定どおりに着けば、その場ですぐに渡せるはずだった。
◇
今朝、最初に手渡したのは一つだけだった。
面接へ向かう美津子さんの弁当だ。
「汁気、出ませんか」
「傾けなければ大丈夫です。念のため袋は別にしました」
「じゃあ、電車で振り回さないように気をつけます」
代金を受け取ると、美津子さんは弁当の袋を鞄と反対の手に持った。
車の脇から、航さんが声をかける。
「駅まで乗ってく?」
「あなたは仕事の準備。私はバスで間に合うから」
航さんは「分かった」と短く返し、母親が角を曲がるのを見届けてから荷台へ戻った。
残りは現場用の十八食。
仕上がった順に蓋をし、確認した温度と時刻を控え、借りた保温容器へ入れた。航さんは荷崩れしないよう積み、俺が作業台の片づけを終えるのを待った。
出発前の連絡では、配達先に変更なしと返事があった。
それなのに今、ここには誰もいなかった。
◇
一つ目の番号は呼び出しが続いた。
二つ目へかけると、注文を決めた責任者が出た。
『すみません。作業場所が分かれました。弁当の受け取りも移したつもりで』
「こちらには、変更の連絡が届いていません。いま資材置場です」
相手が、近くにいる誰かへ確認する声がした。
待つあいだ、俺は荷台へ目を向けた。
容器の蓋は閉じたままだった。
『十二人は南の休憩場所へ、六人は東の作業所へ移っています』
「同じ時間に休憩しますか」
『東の六人が先です。もうすぐ休憩に入ります』
住所だけ聞いて電話を切りそうになった。
航さんが、小さく手を上げた。
「東って、川沿いの仮設ですか。工場の裏ですか」
確認すると、川沿いだった。
航さんはうなずき、俺へ手を出した。相手に断ってから電話を渡す。
「車はどこまで入れますか。入口で受け取れます?」
彼は地名を二つ挙げ、道順を確かめた。
俺が知っているのは、紙に書かれた配達先だった。
航さんが知っているのは、車が荷物を積んで曲がる道だった。
「東を先に回ります。南は何時までなら大丈夫ですか」
俺が電話を受け取り、休憩時刻と受け取り担当を決め直す。
変更で増える走行分の費用も、その責任者へ確認した。請求を航さんの仕事代から引くことにはしない。
電話を切り、荷台の扉を開けた。
「六つ、手前へ」
航さんが言った。
俺は封をした弁当を六つ数え、先に開ける容器へ移す。残りの十二は閉じておく。
中の料理を組み替えるのではない。配る順だけを直した。
「近道なら、元の資材道を」
言いかけると、航さんが首を振った。
「そこは通行規制の内側です。遠回りでも町の一般道を回ります」
俺は地図へ目を戻した。
つい数日前まで、こちらが言い聞かせていたことだった。
「お願いします」
車が動き出す直前、厨房へ戻る時刻が遅れる見通しを連絡した。
借りた場所を返す仕事も、配達の成功に隠してはいけなかった。
◇
川沿いの入口で、作業員が手を振っていた。
航さんは案内された場所へ止め、エンジンを切った。
「六食、お持ちしました」
俺が蓋を開けると、受け取りの人が数えた。
最後の一つへ伸びた手の指先が、土で黒くなっている。
「手を洗ってから、食べます」
こちらが言うより先に、相手が笑った。
六人が休憩へ向かい、弁当がそれぞれの手へ渡る。
「間に合いましたか」
「大丈夫です。まだ湯も沸かしてないですから」
肩の力が少し抜けた。
料理の感想を待っている時間はなかった。受け取りを確認して、残りの十二食へ戻る。
航さんが荷台の扉を閉めた。
「次、行きましょう」
以前、納品のときに美津子さんから聞いたのと、同じ調子だった。
本人は気づいていないらしい。
南の休憩場所へ着いたときには、予定より遅れていた。
俺はまず受け取り担当へ謝り、十二食を並べた。
「こっちの連絡が抜けたんです。すみません」
相手も頭を下げる。
どちらが悪いかを決める話より先に、食事を渡したかった。
作業員の一人が、蓋を開けた。
「あ、温かい」
それだけだった。
けれど、俺には注文をもう一つもらったときより、はっきり聞こえた。
十八食が届いた。
空の容器を積むとき、航さんが俺の方を見た。
「帰り、軽いですね」
「売れましたから」
彼が笑った。
運んだだけではなく、食べる人に渡した帰りだった。
◇
厨房へ戻ると、責任者が次の仕込みを始める準備をしていた。
連絡した時刻までに戻れたが、余裕はなかった。借りた容器を洗い、決めていた片づけを終えてから返す。
「明日も同じ数ですか」
尋ねられ、俺は首を振った。
「まだ注文はありません。今日の分だけです」
「分かりました」
その返事に、少しだけ怖くなった。
うまくいった一回が、そのまま明日の仕事にはならない。
航さんが、受け取りの確認を二枚並べた。
六と十二。
俺は合計を確かめ、支払いの連絡先へ電話をかけた。
届いたことを確認して、今日の代金を受け取る。
まだ、仕事は終わっていなかった。




