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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第十四事件 町を出る人の弁当

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危ない仕事を断ったら、何が残りますか

 電話を三本かけて、注文はゼロだった。


 一件目は、自社の弁当がある。

 二件目は、明日は作業をしない。

 三件目は、欲しいが予算を決める人が不在だった。


 最後の一件を、手元のメモへ十八食の注文として書き足したくなった。

 俺は人数だけを書き留め、丸で囲むのを思いとどまった。


「決まりましたか?」


 航さんが尋ねてきた。

 借用厨房の受け渡し口で、車の鍵を指の間に挟んだままでいる。危険な回収依頼への返事は、まだしていなかった。


「まだです。決める方へつないでもらっています」

「俺が直接営業に回った方が早くないですか」

「回る時間にも、燃料代にも限りがあります。まずは電話で確認します」


 そう答えてから、自分の言い方が仕事を頼む人のものになっていたと気づいた。

 航さんを雇ったわけではない。


「今日は、ここで働いてもらう約束ではありません。別の用事があるなら行ってください」

「用事がないから、ここにいるんです」


 返す言葉が詰まった。


 神代さんは出発前に、少しだけその場に残っていた。

 俺のメモを覗き込み、十八という数字を指で示す。


「これは、注文?」

「問い合わせです」

「じゃあ、まだお金にはならない」


 その通りだった。

 数字を書けば、段取りは作れる。だが、払うと決めた相手のいない数字では、航さんへ運賃を払えない。


「危険な仕事は、断ってもらいたいです」


 俺が言うと、神代さんは小さくうなずいた。


「私もそう思う。でも、断ったあとの分は?」


 彼女は、危険な仕事は断るべきだと言った俺を責めているのではなかった。

 言い終わったあとに何が残るのかを、聞いていた。


「今日のうちに、一件でも条件を確定させます」

「無理な約束にはしないでね」


 神代さんは自分の荷物を持ち上げた。

 行かないで手伝ってくれと頼めば、予定を調整してくれるかもしれない。

 だが、俺は言わなかった。


「当番、気をつけて」

「うん。夕方に連絡する」


 受け渡し口から、その背中を見送った。


 ◇


 厨房を貸してくれた弁当業者の責任者が、明日の使用予定を確認しに来た。

 明日の午前も、引き続き厨房を使える。昼の片づけを終えたところで、相手の仕込みへ返す約束だ。


「数が増えるなら、冷蔵庫の場所も先に決めましょう」

「注文が確定したら、すぐにお伝えします」

「確定していない分の食材は、入れないでくださいね」


 俺はメモの十八を見た。

 先に仕入れに走れば、気持ちだけは楽になる。

 仕事が始まったように思えるからだ。


 だが、売れなかった食材を勝手に持ち込むのは、再出発ではなく他人の厨房へ損を預けることだった。


 航さんが、携帯の画面を眺めていた。

 回収依頼の相手から、返事を待っているという連絡が入っていた。


「許可を取ってからなら受けられる、って返信してもいいですか」

「許可の範囲と、安全な経路を確認してからです。今日、無許可で入る仕事を引き受ける返事はしないでください」


 彼は画面に指を置いたまま、少し考え込んだ。


「……許可が出たら連絡をください、って返します。今の条件では受けないって」


 俺が代わりに送らなかった。

 航さんが文面を見直し、自分で送信した。


 危険な仕事を一件、断った。

 安全になったはずなのに、彼の手元には何の仕事も増えなかった。


「ありがとうございます」と言いかけて、俺は飲み込んだ。

 誰への礼なのか、分からなかった。


 ◇


 午後三時を過ぎて、折り返しの電話が来た。

 閉鎖区域の外で道路の復旧準備をしている班だった。明日の昼に十八食ほしいという問い合わせで、注文を決める現場責任者と支払窓口につながった。


「配達先は、下の資材置場でよろしいですか」

『予定ではそこです。現場の状況で変わる可能性はあります』

「変わる場合は、出発前までに連絡をお願いします。連絡先も二つください」


 担当者の名前と電話番号を控える。

 受け取る人、食べる人、払う人が、同じとは限らなかった。


 配送料を含めた金額を伝え、相手が確認するのを待つ。

 電話の向こうで、短い相談が聞こえた。


『それでお願いします。明日一回、まず試したいです』


 一回。

 来月の契約ではなかった。


 俺は十八を、ようやく丸で囲んだ。

 机の上から、航さんへそのメモを見せる。


「十八食。明日の昼、一便です」


 航さんの顔が上がった。


「俺が運べますか」

「車と運送の条件を、美津子さんも含めて確認してからです。お金は運送の仕事として払います。無償で手伝ってもらう話ではありません」

「はい」


 返事が、朝よりはっきりした。


 責任者へ確定した数を伝え、必要な食材を注文する。

 その電話をかけるためだけに、数時間かかった。

 前の店なら、冷蔵庫を開ければ始められた仕事だった。


 ◇


 美津子さんが戻ってきたころ、俺は明日の手順を紙に書き出していた。

 航さんが運転と荷扱い。俺が調理と注文の連絡。美津子さんには、配車の確認と請求の整理を頼めないかと思った。


「この形なら、二人で仕事を続けられませんか」


 紙を差し出すと、美津子さんはすぐには受け取らなかった。


「明日だけの、十八食ですよね」

「はい。まず一回ですが、続けば」

「私、明日は面接なんです」


 分かっていた。

 朝、自分で弁当の注文を受けた。


 美津子さんの視線が、手順の中に書いた自分の名前で止まった。


「私がここに残る前提で、組んだんですか」


 俺は紙へ目を落とした。

 承諾をもらっていない担当者の名前を、勝手にそこへ書き込んでいた。

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