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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第十四事件 町を出る人の弁当

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次の二人前は、別々の行き先へ

 振り返った先に、皿がなかった。

 右だった。


 分かっていたはずなのに、左へ手を伸ばしてしまう。

 借りた厨房の作業台で、俺は空の手を一度下ろした。


「まだ慣れない?」


 受け渡し口の向こうで、神代さんが尋ねた。


「皿の方が移動してくれると助かるんですが」

「ここでは右」

「承知しています」


 口より先に腕が、前の店へ戻りたがる。


 帰路亭を明け渡して、六日が過ぎた。

 町の弁当業者が、使っていない時間帯の厨房を貸してくれた。営業者と生活衛生の担当に、作る物と保管、受け渡しの範囲を確認してある。客席はない。俺がここでできるのは、しばらく予約分の持ち帰り販売だけだった。


 設備を借りる代金も、決めた。

 善意でいつまでも空けておいてもらえる部屋ではない。だから、何食売れば足りるかを考えられた。


 昨日の日曜には、奥村さんへもう一度連絡した。

 七席の予約は取り消し、揚げ物の注文は改めて相談することになった。ここでは、揚げたてを七人に座って食べてもらえない。

 椅子だけを持ち込めば店が戻る、という話でもなかった。


 看板は保管先にある。

 今日の受け渡し口には、紙で『帰路亭・予約分お渡し』と書いた。


「字、小さい」


 神代さんが言った。


「読めますよね」

「私は読める」


 最強探索者を基準にした店の案内は、あまり親切ではない。

 俺はもう一枚、太く書き直した。


 ◇


 最初の来客は、美津子さんだった。

 作業用の上着ではなく、襟のついた薄いシャツを着ていた。伝票の袋も持っていない。


「明日の朝、弁当を一つお願いできますか」

「できます。何時のお渡しですか」

「七時半。電車に乗るので、汁の出にくい物がいいです」


 俺は注文票を出した。

 納品の相談ではなかった。美津子さんが、俺の客になっていた。


「お仕事ですか」

「面接。町の外の倉庫で、事務の募集があってね」


 ペンが一瞬止まった。


「運送の方は」

「便が戻るまで待っていたら、先に口座が空になりますから」


 美津子さんは、受け渡し口の紙を見た。


「真壁さんが悪いって話じゃありませんよ」

「はい」


 そう答えたのに、肩へ入った力が抜けなかった。

 彼女が慰めまでしなければ弁当を頼めない店には、したくなかった。


「冷めても食べやすい物にします。面接の時間に合わせて、受け取りは早めにもできます」

「七時半で大丈夫。ちゃんと代金も払います」

「もちろん、いただきます」


 美津子さんが、初めて少し笑った。


 その後ろから航さんが顔を出した。


「俺も一つ頼めますか」

「明日の朝ですか」

「はい。長く持つやつがいいんですけど」


 同じ家の二人分だからと、一枚にまとめかけた注文票を分けた。


「どこで食べますか。何時ごろになるかも」

「仕事が終わってからです。昼を回るかもしれなくて」


 美津子さんの顔が、息子へ向いた。


「何の仕事」

「まだ決めてない」

「決めてないのに弁当は頼むの?」


 航さんは、受け渡し口の縁に指を置いた。

 俺は注文票の時間欄を空けたまま待った。


 長く持つ弁当だけで、危険な仕事と決めつけることはできない。配達が長引く日もあるし、外で食べる人もいる。

 必要なのは、行き先を本人から聞くことだった。


「機材を、取りに行く話です」


 ようやく航さんが言った。


「閉まった作業所に残ってる物を、車で下へ運べばいいって。持ち主から頼まれて」


 美津子さんが、何か言いかけた。

 俺は先に尋ねた。


「区域へ入る許可はありますか」

「申請はまだです。場所は分かるし、荷物も俺が前に運んだ物なので」


 俺はペンを置いた。


 ◇


 航さんは、携帯の依頼文を自分で開いた。

 見せてよい部分を確認してから、受け渡し口へ置く。

 報酬は回収できた場合だけ。車と運転は航さん持ち。荷物の場所は書いてあるが、入域許可の手配はなかった。


「持ち主の了解と、区域へ入る許可は別です」

「分かってます。でも、壊すわけでも盗むわけでもないです」

「道の安全は、それでは確認できません」


 航さんは携帯を引き寄せた。

 そこへ、神代さんが言った。


「私も許可なしでは入らない」


 短い言葉に、航さんの目が上がった。


「神代さんでも?」

「うん。行けるかと、行っていいかは別」


 彼は返事をしなかった。

 美津子さんが横から携帯を取り上げることもなかった。


「まだ、受けた返事はしてないんですよね」


 俺が確認すると、航さんはうなずいた。


「今日中に、返事すれば」

「返事の前に、別の安全な仕事も一緒に考えさせてください」


 言ってから、自分の注文票を見た。

 いま確実にある仕事は、美津子さんの弁当一つだった。

 それで人一人の運転代を出せるわけがない。


 神代さんが壁の時計を見た。

 今日は午後から別の有償救助当番へ向かう。俺の店がなくなっても、彼女の仕事まで止める理由はない。


「帰ってから、話の続き聞く」


 彼女は俺と航さんの両方を見て言った。


 美津子さんは自分の注文票を指差した。


「私の分は、お願いします。航の話とは別で」


 俺はうなずいた。


「七時半、お一つですね」


 母の行き先を、息子の仕事が決まるまで止めてはいけなかった。

 注文票を一枚、確定の側へ移す。

 もう一枚は未受付のまま、行き先も食べる時間も書けなかった。


 航さんは、携帯の画面を消した。


「……今日、夕方までなら」


 俺は、その時間を注文票ではなく自分のメモへ書いた。

 弁当を断って終わりにしないための、こちらの期限だった。

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