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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第十三事件 帰路亭を通って帰る

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店を残したまま、帰せませんか

 小型の車は、角を曲がった。

 俺が息を吐くより先に、医療担当が荷台を見た。


「この車には、担架を固定できません」


 業務用の小さな運搬車だった。下側の作業所から、所有者の了解を得て上げてもらった。空の荷台には、確かに人一人を横たえるだけの長さがある。

 俺は寸法のメモを握ったまま、その先を聞いた。


「固定具をつければ」

「人を載せて下る車として確認されていません。固定だけでなく、揺れと制動もあります。今いる二人の搬送に、その場で使う判断はできません」


 運転してきた作業員も、うなずいた。


「道具を運ぶときでも、坂ではかなり揺れます」


 俺はメモの車名を一本線で消した。

 車が入ることを、答えにしたかった。


 歩ける六人は、すでに下へ着いていた。市の中央から、全員の到着と再確認の報告がある。こちらに残ったのは、医療担当が診ている二人と、その搬送を支える者たちだった。


 神代さんが、空の担架を下ろした。

 成瀬さんと搬送員二人で、外周路の試験を終えたところだった。


「途中までは運べる。でも、下の狭い坂で傾く」


 彼女は言い終えてから、自分の手袋を外した。

 力が足りなかった顔ではなかった。


 医療担当が、記録した傾きと揺れを確認する。腰を痛めた人を、このまま通すことは勧められないという。移動中に状態が悪くなっても、横へ退ける場所がない。


「持つ人数を増やしてもですか」

「人が並べる幅がありませんでした」


 成瀬さんが答えた。

 俺は、担架の横に立つ自分の場所を図面の上で探した。線の外へ、指がはみ出た。


「途中を広げる工事は」


 岡部さんが首を振った。


「そこは斜面側の支えから作り直す必要があります。こちらの建物側を開ける案より時間がかかります」


 空から運ぶ要請も出ていた。だが、現地の風で、今は来られない。消防は状況を確認し続けているが、飛べる時刻を約束することはできなかった。

 天気が変わるのを待つ案を、予定時刻のある搬送と同じ欄へは書けなかった。


 ◇


 俺は救急の待機区画へ行った。

 脚を負傷した人は、毛布の上へ両手を出していた。班長の坂井さんが、その隣で靴の紐を握っている。


「六人、下へ着きました」


 伝えると、坂井さんの肩が下がった。

 本人は腰を痛め、まだ横になっている。


「そうですか。じゃあ、こっちは最後で」

「順番は医療側が決めます。自分で後ろへ回らなくていいです」


 言ってから、手に持っていたメモを裏返した。

 俺は、何を先に残そうとしていたのだろう。


 坂井さんが、店の方へ目を向けた。


「あそこで待つんですか」

「いいえ。ここでお願いします。建物の確認が済んでいません」

「カレーの匂いがしたから」


 煮物に使う玉ねぎを炒めた匂いが、まだ残っていたのかもしれない。

 食事の可否を判断するのは医療担当の仕事だ。俺は、退院したら食べに来てください、と言いかけた。


 口を閉じた。

 約束できる場所が、まだ決まっていなかった。


 医療担当が二人を再確認し、今の状態と、悪化時の連絡方法を宮前さんへ伝えた。待てるあいだに安全な搬送路を作る。待てなくなれば、その時点で手段を変える。

 店を残せる答えが出るまで待ってもらうのとは、違った。


 ◇


 岡部さんは、所有者側の工事担当と話を終えていた。

 昨日の調査資料を使い、必要な撤去範囲と、作業前の電気・ガスの遮断、資材の入り方を確かめている。


「壁を抜くだけではありません。厨房側の屋根と柱も対象です。残る部分も、そのまま飲食店として使うことはできません」


 何度聞いても、同じ場所が対象になった。


「どれくらいですか」

「着工できる状態にしてから、車を通すまで四時間を見ています。途中の確認で延びる可能性もあります。道路の本復旧は今日中には無理です」


 四時間。

 その数字は、俺が適当に埋めた希望ではなかった。だからこそ、短いとは言えなかった。


 宮前さんは医療側へ見通しを伝え、待機場所と搬送判断の継続を確認した。二人の容体が変われば、工事の都合で待たせない。

 下側では車両を待機させ、歩行路は工事中も別に保つという。


「所有者の承諾を得る手続きは、担当がいま進めています」


 宮前さんが俺を見た。


「真壁さんには、ご自身の営業と設備についてお話しする必要があります」


 俺はすぐに返事をしなかった。

 カウンターの端が、窓越しに見えていた。

 あそこには、鉛筆が一本置いてある。昼の予約を書いたあとで、そのままにした。


「少しだけ、神代さんと話せますか」


 宮前さんはうなずき、医療の待機区画へ戻った。


 ◇


 神代さんは店の前に立ったまま、俺が話し始めるのを待っていた。


「全部、持っていけませんね」


 最初に出たのは、そんな言葉だった。


「冷蔵庫も、台も。棚は外しても、次の場所に合うか分からない」

「うん」

「半年かかったんです。ようやく、誰が来ても飯を出せるようになってきて」


 神代さんは、建物を見た。


「私も、ここがいい」


 胸のどこかが、軽くなるのとは反対の動きをした。

 彼女があっさり諦めてくれれば、自分の未練だけを処分すればよかった。


「それでも、二人を下へ運びたい」


 神代さんの視線が、俺へ戻った。


「真壁さんは?」


 店の中をもう一度見た。

 食べに来る人の顔は、いつもあの椅子の上にあると思っていた。

 今日は外で横になっている。


「……運びたいです」


 口にすると、次の言葉がようやく出た。


「ここを残したいから、もう少し待ってくれとは言えません」


 神代さんは、俺の手にあるメモへ目を落とした。

 小型車、分けて運ぶ、人を増やす。消した線が重なっていた。


「それ、捨てないで」

「失敗した案ですよ」

「考えたでしょ。残すためにも」


 俺は紙を折った。

 店を守る努力をしなかったことにまで、しなくてよかった。


 宮前さんを呼ぶと、彼女は電話を終えてこちらへ来た。


「俺の営業を続ける条件は、外してください」


 声が途中で止まりそうになった。

 それでも、最後まで言った。


「設備を残すために、道を狭めなくていいです。持ち出せる物を出して、明け渡します」


 宮前さんは、すぐに書類を差し出さなかった。


「補償の話は残します。救助のためだから、何も請求しないという意味にはしません」

「お願いします」


 神代さんが俺の隣で、短く息を吐いた。

 俺はポケットの鍵を握った。

 開店するためではなく、中の物を出すために使うことになる。

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