↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第十三事件 帰路亭を通って帰る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/97

来週の予約を、まだ消したくない

 六人分の予約なのに、揚げ物は八人分と書かれていた。


「数が合っていませんが」

「食べる数は合ってます」


 電話の向こうで、奥村さんが即答した。

 西口物流休憩所の交代組で、来週の日曜に昼飯を食べに来るらしい。六人とも大人だ。余分の二人分がどこへ入るかまで確認する仕事ではない。


「一度に揚げると、お出しする時間に差が出ます」

「休みの日くらい、順番を待てますよ」


 予約帳に、正午、六名、と書いた。

 帰還予定でも訓練でもない。仕事が休みの人が、飯を食いに来る約束だった。


 電話を切ると、神代さんがカウンター越しに帳面を見た。


「私も、その日に来ようかな」

「揚げ物の追加なら、今のうちにお願いします」

「まだ何も言ってない」

「目が言いました」


 彼女は少し考えてから、二本指を立てた。

 俺は鉛筆を持ち直した。


 昨日聞いた調査結果は、事務の棚にある。今朝は一度も開いていない。忘れたわけではなかった。ただ、来週の鶏肉を注文する仕事もあった。


 入口で台車の車輪が鳴った。


「すみません。今日は手前から運びます」


 早瀬航さんが、米袋を載せて入ってきた。いつものトラックが窓から見えない。


「どこへ止めたんですか」

「下の広場です。道路の点検で、切り返しの場所が使えなくて」


 続いて入ってきた美津子さんは、納品書より先に腕時計を見た。


「次の便には間に合います。ただ、これが毎日だと配達順を変えないとね」


 俺は荷物を受け取り、二人へ水を出した。航さんの作業着の背中が湿っている。米の重さは変わらなくても、運ぶ距離が延びれば仕事は増える。


「裏の道は使えませんでしたか」

「空車なら試せるかもしれませんけど、今日は荷物があります。曲がるところで落としたら、運賃より弁償代が高いです」


 美津子さんが笑わずに言った。

 近道の話を、俺は引っ込めた。


 ◇


 朝の客が引けたところで、宮前さんが作業着の男を連れてきた。

 市の施設担当、岡部さん。建物の所有者が手配した調査班と一緒に、地上構内の搬送路を確認しているという。


「北線の作業再開ですか」

「いいえ。北線の許可停止はそのままです。今日は地上の道路と、緊急時の車の出入りを見ます」


 宮前さんの答えを聞いてから、俺は前掛けを外した。

 神代さんも食器を返し、ついてくる。昼前から西口の救助待機に入る予定で、今なら少し時間があるそうだ。


 外へ出ると、いつもの配達車が曲がる角に、点検用の柵が置かれていた。

 旧ゲート前の広場から町へ下りる通常の車道は、斜面を回り込んでいる。その途中の排水と路肩を、作業員が調べていた。


「ここが塞がった場合の出入りを、先に見ておきたいんです」


 岡部さんは図面を広げたが、すぐに畳み直した。


「歩いた方が早いですね」


 建物の裏へ回る。

 帰路亭の裏口から使っている通路は、外周の古い管理道へつながっていた。町へ下りる先はある。しかし、店の裏角と擁壁に挟まれた部分で急に細くなり、曲がりもきつい。


 歩いて通るぶんには困らない。

 俺もゴミや空箱を運ぶたびに使っている。だが、救急車の車体を置いて考えたことはなかった。


 岡部さんが路面へ目印を置く。車の幅だけではなく、曲がるときに外へ振れる分まで、作業員が長い棒で示した。

 棒の端が、厨房の壁に当たった。


「ここですね」


 神代さんが、壁と目印の間を見た。


「小さい車なら?」

「候補には残しています。ただ、搬送する人の状態によって使える車が違います。道へ入れるだけでは足りません」


 岡部さんは棒を戻した。

 俺は厨房の壁を見上げた。内側には、食器棚と作業台がある。昨日、二人分の皿を出した場所だった。


「車が通るようにするには、ここを削るんですか」

「壁だけ外せば済むとは言えません。屋根と柱も確認しています。厨房をそのまま残せる前提では計画できないです」


 岡部さんの声は、脅す調子ではなかった。

 そのためか、余計にはっきり聞こえた。


「今すぐ工事をする話ではありません」


 宮前さんが言った。


「通常路は点検中で、通行の可否は道路担当が判断します。代替路を使う場合も、所有者との協議と工事の確認が必要です。真壁さんに、ここで決めていただく話ではありません」

「はい」


 返事をしたあと、厨房へつながる窓を見た。

 窓の内側に、朝洗った笊が掛かっていた。昨日と同じ向きで、同じ場所にある。


 まだ、何も決まっていない。

 それなのに、俺は店の中の物を順番に思い浮かべていた。


 ◇


 店へ戻ると、揚げ物用の油が届いていた。

 航さんが缶を持ち上げようとするのを止め、先に床の空箱をどける。


「来週、何かあるんですか。いつもより多いですね」

「昼の予約です。六人で八人分。そこに神代さんが二人分です」

「全部で、どのくらいですか」

「今のところ十人分です」


 神代さんが何も言わず、手洗いへ向かった。

 責任の所在が分かりやすい沈黙だった。


 美津子さんは次回の納品日を確認し、そこで一度ペンを止めた。


「道の都合が変わったら、前の日までに教えてください。こちらも、止めるか、手運びの便にするか決めますから」

「分かりました。無理に運んでもらうことはしません」

「その代わり、運ぶ分はちゃんといただきます」

「もちろんです」


 そういう話ができることに、少し安心した。

 先のことを何一つ決められなくても、今日の荷物には代金があり、次の便には約束がある。


 二人を見送って厨房へ戻り、棚の扉を開けた。

 奥の蝶番が少し鳴る。改装のとき自分で締め直したが、重い皿を入れるとまた鳴り出す。

 いずれ交換しようと思って、そのままだった。


「直すの?」


 神代さんが、俺の手元を見ていた。

 無意識に、蝶番へ指をかけていたらしい。


「ええ。休みの日にでも」

「来週?」

「来週は揚げ物です」


 彼女は小さく笑い、出していた上着を羽織った。

 待機の時間が近づいていた。


「さっきの話、気になる?」


 否定しようとして、やめた。


「ここ、ようやく使いやすくなったんですよ」


 作業台へ手を置く。

 鍋をどこへ下ろすか。振り返ったとき何が取れるか。一人で何枚の皿を出せるか。半年かけて決めて、それでも営業を始めてから何度も変えた。


「なくなったら、困ります」

「私も困る」


 思わず顔を上げた。


「ご飯だけじゃないよ」


 神代さんはそれ以上説明せず、カウンターに置いていた予備鍵を取り、俺へ確かめるように見せた。


「夕方、返すものがあるから寄る」

「食事は?」

「食べる」


 そこは迷わなかった。

 彼女を送り出し、俺は予約帳を開いた。


 六名。揚げ物十人分。

 その下へ、神代さんの席を一つ足した。


 電話が鳴った。宮前さんからだった。

 道路担当の追加点検が、明日の朝にも入るという。工事を決めた連絡ではなく、まず荷受けの時間をずらせるかという相談だった。


「早瀬さんにも伝えます。厨房の確認が必要なら、昼の営業前にお願いします」


 来週の予約については、聞かれなかった。

 俺も、消すとは言わなかった。


 鉛筆を置き、昼の米を研いだ。

 今日はまだ、ここで炊ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。