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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第十一事件 六年前の閉鎖命令が、まだ有効になっている

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帰っていない四人に、受け入れ終了が出た

 午後二時六分。


 帰還者が一人も戻ってきていない時間に、未確認者の数が四人減った。


「真壁さん、北線の欄を見てください」


 宮前さんの声は、今朝の六人の帰還を処理したときの速さを保ったままだった。帰路亭の紙の中央表は、市の照合端末にも写してある。画面上には、現在も迷宮へ入域中の班が二つ残っていた。


 東側水路点検班、三名。この欄は白いままだ。

 旧北線保守班、四名。そちらの欄だけが、色を失って灰色に沈んでいた。


『受付終了』

『未確認者、ゼロ』


 四つ並んだ空欄が、正しく整列している。共同で監視している表が、正しい形式を保ったまま、四人を未確認者の記録から落としたのだ。


「四名は、いつ帰還しましたか」

「帰っていません」

「地上門の通過記録は」

「ゼロです」

「医療確認は」

「ゼロ」

「鍵の返却は」

「ありません」


 ゼロを四つ重ねたところで、帰還済みにはならない。入域した人数は四のまま、地上門の通過はゼロ、鍵も返却されていない。終わった側へデータを移せる根拠は、画面の色が変わったことだけだ。


 俺は中央表の画面の自動更新を一時停止した。止めたのは表示だけだ。システム裏での受信自体は続いており、更新を再開すれば『受付終了』という誤った状態が上書きされてしまう。迷宮の扉にも、現場の通信回線にも、まだ触れてはいない。


「北線保守班の、入域原本を出してください」


 宮前さんが、西口詰所との氏名照合用有線をつなぐ。


『こちら西口。北線、あります。午後零時二十一分、四名入域』

「氏名と役割を」

『班長、相良崇。制御設備、長峰恵。配線、藤枝佑。運搬、柴崎廉』


 灰色に沈んだ欄へ、四人の名前を強制的に入力し直す。手元の紙にも、同じ順番で書き写して残す。


 相良崇。

 長峰恵。

 藤枝佑。

 柴崎廉。


 入域、四。

 地上門通過、ゼロ。

 未確認者、四。


 システムの受信欄には、未確認者を再びゼロへと書き換えようとする次の更新データが、すでにいくつも滞留していた。俺は自動確定のチェックボックスを外す。外した瞬間、警告の確認窓がポップアップした。


『旧設備からの状態と不一致があります。手動で継続しますか』


『継続』を選ぶ。次に、判断者の氏名と、その判断理由の入力を求められた。


『真壁修司。入域原本四、地上門通過ゼロ、鍵返却ゼロ』


 理由まで入力して、ようやく灰色の浸食が止まった。新しい中央表のシステムは、旧設備よりも賢くできている。ただし、確認画面のステップを一枚増やしたからといって、判断の責任まで自動で正しくなるわけではない。


「どこから終了の信号が来ていますか」

「今朝つないだ支援三拠点の、どれからでもありません」


 宮前さんが同期履歴のログを開く。送信元の表示は『旧北線地上側・受け入れ制御盤』となっていた。新しい支援三拠点の中央表は、西口だけでなく、長らく停止していた北線の有線記録も照合の対象に含めていた。六年前からまったく同じ形式の帰還札を使い続けていたためだ。その古い制御盤は、長いあいだ単独でそこに残っていた。今日、初めて中央表とデータがつながったのだ。


「旧盤がある場所は」

「北線管理棟です。封鎖区画の外側ですね。市の設備担当なら開錠できます」

「ただの通信中継器ではありませんね」

「受け入れ制御盤です。帰還予定時刻と、受付中か終了かというステータスを保持しています」


 俺は上着を取った。神代さんはすでに立ち上がっていた。だが、壁に立てかけた片刃剣には触れていない。彼女の視線は画面ではなく、紙に書かれた四人の名前に注がれていた。


「中にいる四人の、最後の応答は」

「午後一時二十六分。N4分岐。四名、負傷なし。これから受け入れ側の回線切替試験を始める、という報告でした」

「予定帰還時刻は」

「午後三時四十分です」


 予定帰還時刻までは、まだ一時間以上も残っている。帰還予定はまだ未来にあり、入域鍵も返っていない。それなのに設備は、四人を勝手に『終わった側』へと移したのだ。


「通信は」

「呼び出しを続けています」


 有線機から、一定間隔の無機質な呼出音が流れ続ける。一回。二回。三回。応答はない。

 宮前さんが、別の回線を開いた。


「西口、北線保守班の入域時の装備を確認してください。携帯有線子機は四台ですか」

『親機が一台、子機が三台です。親機は相良、子機は長峰、藤枝、柴崎。予備電池は二組持っています』

「最後の受信強度は」

『午後一時二十六分、四台とも基準内でした。その後、親機から回線切替開始の報告がありました。終了信号は受けていません』


 現場からの終了信号は、少なくとも西口の詰所では受け取っていない。だとすれば、現場の終了信号とはまったく別に、地上側の古い制御盤だけが『終了状態』を保持し続けていた可能性を消しきれなかった。


 神代さんが、有線機の横へ静かに手を置いた。


「入るなら、人数を決める」

「まだ入域の判断はしません」

「分かってる。決める準備」


 以前の神代さんなら、まず自分の剣を取ってから人数を尋ねていただろう。だが今は、誰が地上に残って表を守るのかを先に見極めようとしている。


「俺と宮前さんは、旧盤の確認へ行きます。神代さんは、中央表を」

「真壁さんが盤を見る。私が、四人を残す」

「お願いします」


 任せる言葉が、前よりもずっと短く自然に出た。神代さんは四枚の札を、紙の中央表のいちばん上の端へ移動させた。俺が画面の方へ目を移しても、決して四人を見失わない位置だ。自動更新を停止させた画面の欄の名前と、紙の上の札の並びが、まったく同じ向きで揃った。


 ◇


 北線管理棟の空気は、長年使われていない金属特有の冷たい匂いがした。設備担当の成瀬さんが重い錠を開ける。室内のいちばん奥に、無骨な灰色の制御盤が一台だけ残されていた。新しい市の端末へと交換されず、取り残された旧式だ。


「電源は落としていなかったんですか」

「圧力扉の状態を保持するために必要だったんです」


 成瀬さんは盤の下部パネルを開く前に、反対側にある固定具へそっと触れた。


「通信だけが物理的に切られていました。今朝の照合テストで、その有線を戻したんです」

「中継器と扉の制御は、別系統ですか」

「はい。扉を握っているのは、こっちの盤です」


 成瀬さんは、通信線の端子と扉制御の端子を一本ずつ指さした。前者は青、後者は黄色だ。青をつないだからといって、黄色が新しく生まれたわけではない。黄色い端子は、ずっと盤の中に残っていたのだ。


「戻したのは、照合用の通信線だけです。閉鎖の承認操作なんてしていません」


 成瀬さんは、黄色い端子を外さずに表示窓を確かめた。こちらで操作していなくても、盤が内部で何を保持しているかはまったく別の問題だ。


『受け入れ制御盤』

『帰還予定』

『受付中・終了』

『圧力扉インターロック』


 液晶の表示窓に、同じ文字列が浮かび上がっている。


『北線受け入れ終了』

『確認時刻、十三時三十四分』


 俺の指先が止まった。六年前、十一人の応答があったのは午後一時二十二分。そしてその十二分後、北線の受け入れは『終了』と記録された。事故記録に残されていた時刻と、まったく同じだ。


「今日の十三時三十四分かどうかも、この盤面だけでは分かりません」


 宮前さんが、表示履歴の詳細を読み解く。


「日付のデータ欄が欠損しています。時刻の数字だけが保持された状態で、システムと同期されています」

「故障ですか」

「まだ断定はできません」


 俺は盤の下に貼られた、入出力の一覧表を見た。通信線の再接続は、情報を運んできただけにすぎない。だが、この盤の『終了』という状態は、扉の制御系に直結している。どの承認状態が現在保持され、それが今の扉へどう作用しているかは、さらに照合が必要だ。


 盤の右端で、黄色いランプが点灯した。


『北線第二圧力扉』

『閉鎖待機』


 扉が実際に閉鎖されたという表示ではない。


 有線機が鳴った。


『真壁さん』

 神代さんだった。


『終了扱いの更新候補が、まだこっちに届いてる』

「消さないでください」

『手動の欄は守ってる。未確認、四』

「盤の状態がどうあろうと、その四人を残してください」

『うん。四人とも、まだ中にいる』


 十三時三十四分。六年前の記録とまったく同じ時刻が、現在の『閉鎖待機』の表示に並んでいる。どの日付の記録かも、誰が判断したのかも、今の表示からは分からない。


 俺は成瀬さんへ、盤のログ履歴を残すよう頼んだ。誰が、いつ、この『終了状態』を残したのか。その答えを待つ前に、まずは今迷宮内にいる四人の帰り道を確保しなければならない。

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