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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第一事件 血まみれのSランクと閉鎖迷宮

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5/13

帰ってきた者から、温かいものを食べる

 迷宮から生還した翌朝、俺の名前はまだ「不法侵入の主犯」だった。


 朝食の献立には関係がない。


「市役所の聴取は九時からです」


 宮前さんが腕時計を見る。


「承知しています」


「いま八時二十分です」


「それも承知しています」


「では、どうして鯖を焼き始めたんですか」


「四人とも、昨夜から病院食と補給ゼリーしか口にしていないので」


 焼き網から脂が落ち、乾いた音を立てる。


 帰路亭は臨時休業のままだ。客席には、神代さん、小野寺、葛西、宮前さんだけがいる。


 葛西は左足に固定具をつけ、松葉杖を椅子へ立てかけていた。小野寺の手には包帯。神代さんの脇腹にも再処置が施され、医師から三日間の探索禁止を言い渡されている。


 俺は半日休むように言われた。


 基準の差に納得がいかない。


「真壁、卵焼き」


「定食についています」


「二つ」


「一つです」


「昨日は二人前だった」


「昨日は治療です」


「今日も治療中」


「制度の悪用を覚えるのが早い」


 神代さんの視線が、客席の端で止まった。


 空のホワイトボードが立てかけてある。昨日まで、救助人数と残り時間を書いていた板だ。全員が地上へ出たあと、俺が消した。


「四人分、消したんだ」


「帰ってきたので」


「真壁の分も?」


「俺は最初から人数に入っています」


「そうじゃなくて」


 神代さんは何か言いかけ、味噌汁へ視線を落とした。


「……なら、いい」


 分かったふりをするには、少し早い。


 聞き返す前に、宮前さんが資料の束をテーブルへ置いた。


「食べながら聞いてください。榊原室長には、閉鎖区域への無許可侵入指示、証拠隠滅、救助妨害の疑いがあります」


 宮前さんは一枚めくり、会社の回答へ指を置いた。


「警察が任意同行を求めていますが、東都開発は『連絡の行き違い』と『現場責任者の独断』を主張しています」


「帰路の隔壁を閉じても、行き違いで済むんですか」


 葛西が眉を寄せる。


「企業法務は、物理現象にも解釈の余地を作る仕事です」


 俺が答えると、宮前さんの眉がもう一段寄った。


「皮肉で済ませないでください。相手は真壁さんの六年前の処分歴を使って、証言の信用性を崩すつもりです」


「予想はしていました」


「平気なんですか」


 平気ではない。


 昨夜、病院の待合室でも六年前の記事が何度も流れていた。


 補給計画の不備。


 撤退判断の遅れ。


 現場責任者、真壁修司。


 名前の横には、六年前の社員証の写真。説明しても届かなかった言葉が、また口の奥まで戻ってきた。


「平気かどうかは、記録と関係ありません」


 鯖を皿へ移す。箸で身を押すと、皮の下から湯気が上がった。


「こちらには何があります」


 小野寺が包帯の手を上げ、指を折る。


「今回の深層調査を指示した音声。北側隔壁を閉じた操作記録。六年前の計画変更を承認した監査記録。僕らの位置ログ。支給品と装備」


「夜光蕨、偽造された許可番号、東都開発の中継器」


 宮前さんが続けた。


「私の証言」


 神代さんが言う。


「それから、真壁さんの個人行動記録です」


 俺は店奥の施錠棚を見る。


 六年間、一度も開かなかった箱を今朝開けた。事故報告書の写しと、榊原から受けた口頭指示を時刻、場所、同席者まで記したノートが入っている。


 単独なら、負けた側の言い分だ。


 監査端末の記録と並べれば、時刻が一致する。一つを消しても、別の記録が残る。


 六年前とは違う。


「勝てる?」


 神代さんが聞いた。


「分かりません」


 自分の口から出た答えに、宮前さんが顔を上げる。


「俺の署名も残っています。都合のいい記録だけなら、榊原と同じです」


 神代さんは箸を置いた。


「じゃあ、何をしに行くの」


「全員を、同じ記録の上へ帰します」


 葛西の固定具。小野寺の包帯。神代さんの脇腹。


 俺一人が無罪になっても、この三人が勝手に迷宮へ入ったことにされれば、救助は終わらない。


「誰か一人だけを外へ出して、残りを記録の中へ置いていく話にはしません」


 神代さんは数秒だけ俺を見て、箸を持ち直した。


「なら、食べる」


「最初からその予定です」


「卵焼きは二つ」


「そこは変わりません」


 午前八時五十八分。


 市役所の会議室へ入る直前、東都開発の法務担当が廊下で俺を呼び止めた。


 渡された封筒には、和解確認書と書かれている。


 六年前の事故報告を一部訂正する。帰路亭の休業損失を補償する。俺に対する不法侵入の告発は行わない。


 見慣れなかった。


 書類の中で、俺の名前が責任者ではなく、補償を受ける側に置かれている。


「真壁さん個人の名誉は、これで回復できます」


 法務担当がペンを差し出した。


 六年前なら、説明を最後まで読まずに受け取ったかもしれない。


 署名欄へ目を落とす。


 その一つ上に、条件があった。


 今回の違法調査は榊原個人の独断とし、東都開発本体の管理責任を追及しない。小野寺と葛西の契約違反については、別途審査する。


 俺一人だけを帰す書類としては、よくできている。


 指先が止まった。


「二人の契約違反も取り消してください。六年前の十一人についても、全項目を再調査する」


「それでは和解になりません」


「でしょうね」


 ペンを受け取らず、署名欄を空白のまま返した。


 法務担当が去ったあと、神代さんが封筒の角を見た。


「惜しくない?」


「惜しいですよ」


 認めると、胸の奥に六年分の重さが戻ってきた。


「でも、あの二人を違反者のまま置いていく計画へ、二度目の署名はしません」


 午前九時三分。


 灰岳市役所の会議室には、予定の倍の椅子が並んでいた。


 市の迷宮安全課、消防、警察、国の監督官、東都開発の法務担当。そして記者席。


 榊原は前列に座っている。


 銀縁眼鏡。仕立てのいいスーツ。迷宮の正面でも、会議室でも変わらない革靴。


 俺を見ると、昔と同じ穏やかな笑みを作った。


「真壁君。ご無事で安心しました」


「隔壁越しには伝わらなかった気遣いですね」


「安全装置が自動作動した件ですか。残念な偶然でした」


「実行者名まで自動で入力される、優秀な装置でした」


 榊原の笑みが、わずかに薄くなる。


 聴取は、今回の無許可調査から始まった。


 宮前さんが、全国照会に許可番号が存在しないことを示す。法務担当は、外部委託会社の入力ミスだと答えた。


 次に、夜光蕨と位置ログ。


 入力ミスだけでは、Sランク探索者と二名の支援員が閉鎖迷宮第6層まで移動しない。


「神代探索者が独断で契約範囲を逸脱した可能性があります」


 法務担当が言う。


「なお、神代探索者には守秘義務があります。ここで未確認の業務情報を開示すれば、探索者協会への懲戒申立ても検討します」


 神代さんの指が、マイクの手前で止まった。


 契約解除。資格審査。活動停止。


 俺の頭は、頼まれてもいない損失を先に数え始める。


 昨日までなら、彼女を止めていたかもしれない。


「神代さん」


「待つ気はない」


 こちらを見ずに言った。


 俺は止めなかった。


 神代さんは小野寺と葛西を見て、マイクを引き寄せる。


「資格審査でも契約解除でも、必要なら受ける。でも、二人を勝手に迷宮へ入ったことにはさせない」


 短く息を吸う。


「榊原隆臣から、深層晶の反応点へ行けと指示された」


「口頭のやりとりでしょうか」


「小野寺」


 小野寺が音声を再生した。


『第六層反応点まで進んでください。サンプルが取れれば、正式認可は通ります』


 会議室が静かになる。


 榊原は表情を変えなかった。


「緊急時の現場判断を確認したものです。前後の文脈が欠けています」


「では、前後も提出します」


 記録停止を指示する声。葛西が許可範囲を尋ねる声。「記録はこちらで整える」と答える声。


 榊原の声が続くほど、本人だけが静かになった。


「音声データは加工できます」


「そうですね」


 俺は監査端末を提出する。


「だから、音声だけではありません」


 北側隔壁の閉鎖時刻。


 実行端末。


 榊原の社員認証。


 消防の通信が途絶えた時刻。


 俺たちの位置記録。


 すべてが、同じ一分の中に並ぶ。


 榊原が初めて法務担当へ顔を向けた。


「端末の保全状況に問題があります。真壁君は、過去に灰岳の設備へアクセスできる立場でした」


「六年前までです」


「君には会社を恨む理由がある」


「あります」


 否定しなかった。


 記者席がざわめく。


「十一人が死んだ責任を負わされました。恨まない方が不自然です」


 榊原は、こちらが感情を見せたことに安心したらしい。


「ならば、証拠の解釈には慎重であるべきでしょう」


 一枚の帳票が、監督官の前へ置かれる。


「そして、六年前の遠征開始を最終確認したのは真壁君です」


 画面に、見覚えのある書類が映った。


 物資引渡・行動開始確認書。


 右下に、俺の社員番号と署名。


 会議室の視線が一斉に集まる。


 これは偽造だ、と言えれば簡単だった。


 命令された、とだけ言うこともできる。


 どちらも、署名した俺を記録の外へ出す答えだった。


「この署名は、あなたのものですか」


 監督官が尋ねる。


「俺のものです」


 宮前さんが息を止める。


 神代さんは目をそらさなかった。


「物資を減らされたあと、俺は引き渡し確認へ署名しました。拒否すれば別の担当者が署名し、実数の記録さえ残らないと思ったからです」


「つまり、遠征開始を認めた」


 榊原の声に、余裕が戻る。


「止め切れなかった。それは俺の失敗です」


 口にすると、六年間で初めて、言葉が言い訳ではなくなった。


「だから、俺を無罪にするためではなく、誰が何を決めたかを残してください。俺が署名したことも、榊原部長が物資削減と続行を承認したことも」


 個人行動記録を開く。


「俺の言葉を信用する必要はありません。時刻を照合してください」


 六年前の六月十四日、午後三時十二分。


 予備中継器八台のうち三台を削減するよう、榊原から口頭指示。


 午後三時四十分。俺は撤退時刻を二時間前倒しする案を提出。


 午後四時五分。却下。


 監督官が監査端末へ視線を落とした。


「午後三時十三分、資材計画変更。承認者、榊原隆臣。午後四時六分、行動計画変更却下。承認者、同じく榊原隆臣」


 一分違い。


 六年間、俺のノートにしか存在しなかった時刻が、端末の中から戻ってきた。


 悪天候警告。構造変動の兆候。延期申請。続行承認。


 一致するたび、公式報告書で俺の判断へ書き換えられた項目が、元の場所へ戻っていく。


「これは、旧端末の同期不良です」


 榊原の声が、初めてかすれた。


「では、現在の隔壁閉鎖記録も同期不良ですか」


 宮前さんが尋ねる。


「社員認証が不正利用された」


「あなたは昨日、現地管理室から操作していましたね。入退室記録と防犯映像があります」


「安全確保のためです」


「内部に四人いると把握したまま?」


 榊原は答えなかった。


 答えない時間も、議事録には残る。


 警察官が席を立った。


「榊原隆臣さん。無許可の迷宮探索を指示した疑い、ならびに救助活動を妨害し、証拠を隠滅しようとした疑いについて、署で事情を伺います」


「任意ですか」


「現時点では」


 榊原はゆっくり立ち上がった。


 俺の横を通るときだけ、足を止める。


「君は、また会社を止めるつもりですか」


「止めるのは、人を置いていく計画だけです」


「資源開発が止まれば、灰岳市の再生も止まる」


「帰ってこない人間を前提にした再生なら、計算式から見直してください」


 榊原は何も言わず、警察官と会議室を出た。


 東都開発の法務担当は、彼の背中を見送らなかった。


 午後、会社から声明が出た。


 無許可調査は榊原室長の独断。会社は事実確認へ全面協力。再開発計画はいったん停止。


 見事な切り離しだった。


 同じ日の夕方、榊原は救助活動の妨害と証拠隠滅の疑いで逮捕された。


 監査端末には、本社が違法調査を明示的に承認した記録まではない。榊原を失脚させても、東都開発そのものが消えるわけではなかった。


 それでも、小野寺と葛西の契約違反は取り消された。神代さんへの違約金請求も撤回された。


 三日後、六年前の事故調査が再開され、公式報告書から「真壁修司の補給計画不備」という記述が削除された。


 遠征開始確認書の俺の署名は残った。


 それでいい。


 謝罪文は、一段落だった。


 事実認定に誤りがありました。


 六年分としては、ずいぶん省スペースである。


 俺は印刷した謝罪文を、店の壁には貼らなかった。


 代わりに、帰路亭の新しい指定書を額へ入れた。


 灰岳市・民間帰還支援所。


 食事、休憩、応急救護、装備相談、緊急時の補給拠点。


 開店初日から一週間後。


 帰路亭は、ようやく通常営業を始めた。


 午前六時ちょうど、入口のベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」


 白い軽装甲ではなく、黒いシャツと細身のパンツ姿の神代さんが入ってきた。脇腹の傷は塞がり、探索禁止も解除されている。


 カウンターの一番端へ座った。


「朝定食」


「焼き魚と鶏そぼろ、どちらにします」


「両方」


「一つ選んでください」


「Sランクなのに」


「食料配分では階級を採用していません」


「相変わらず民主的」


「兵站は独裁です」


 一週間前と同じやりとりをして、神代さんが笑う。


 ほかに客はいない。


 彼女は箸を持つ前に、小さな封筒をカウンターへ置いた。


「何ですか」


「食事代」


「一週間前の?」


「利息つき」


 中には、定食百回分でも余る現金が入っていた。


「受け取れません」


「命の値段ではない」


「では何の値段です」


「常連一号の前払い」


 神代さんは、少しだけ視線をそらした。


「ここへ帰ってきてもいいように」


 店の外では、閉鎖ゲートの向こうへ朝日が差している。


 六年間、あの場所を見るたび、帰れなかった十一人を数えた。


 今は、目の前に帰ってきた一人がいる。


「毎回、食べた分だけ払ってください」


「前払いは嫌?」


「帰ってくる回数を先に決めないでください」


 神代さんが俺を見る。


「何回なら」


「何回でも。その都度、営業しています」


 灰色の目が、わずかに細くなる。


「ただいま、でいい?」


 ずいぶん難しい注文だった。


 俺は味噌汁の位置を、彼女の右手側へ少し直す。


「おかえりなさい」


 神代さんは湯気の向こうで笑い、最初の一口を食べた。


 目を閉じる。


「おいしい」


「一週間前にも聞きました」


「毎回言う」


「では、毎回作ります」


 入口のベルが、もう一度鳴った。


 東都開発の社用便が、厚い封筒を持って立っている。


 差出人は、東都迷宮開発株式会社・本社事業戦略室。


 中身は、帰路亭の土地と営業権に対する買収提案書だった。


 金額欄には、店の改装を何度やり直しても余る数字が並んでいる。


「燃やすなら手伝う」


 神代さんの箸が止まった。


「先に食べてください」


「買収より?」


「温かいものには、順番があります」


 神代さんは不満そうに、焼き鯖へ戻った。


 俺は提案書を封筒へ戻し、レジの下へ置く。


 帰ってきた人間の朝食が終わるまで、この店は売り物ではなかった。

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― 新着の感想 ―
まあ普通なら、この会社の株が暴落するやろな 本来責を負うものを隠蔽し、他者への擦り付け……別件で同様の行為 普通、被害者には和解金という名の退職金ぐらい払うべきだし、怪我の保証も同義 そこまでやらない…
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