営業時間外でも、帰還者は帰ってくる
午前五時五十二分。
仕込みのため裏口へ回ろうとした時、閉店札の前で帰還札が二枚鳴った。
一枚は、立っていた。
もう一枚は、立っていなかった。
「すみません」
女性探索者が、肩を貸した男を壁際へゆっくり座らせる。男は自分では立てない。女性の背嚢には、金具の折れた補助搬送帯が巻きつけられていた。
「西口から、ここまで何分です」
「二十三分。途中で三回休みました」
「小田切さんを背負って?」
「肩を貸して、最後の坂だけ背負いました」
女性の膝も震えている。
名前は石川真帆。男は小田切岳。西口の設備測量へ入った二人班だ。
自力で立っているのは、元気という意味ではない。もう一人を運んだあとでも倒れていない、というだけだ。
俺は二人の帰還札を、同じ仮受け台へ置いた。
「あなたも医療確認の対象です」
「私は大丈夫です」
「二十三分、人を運んだ人の自己申告は参考にします。決定にはしません」
石川は反論しかけ、椅子へ座る時に声を止めた。足へ力が入らなかった。
小田切の右足首は、靴の上からでも分かるほど腫れている。石川の手袋の血は、本人のものではなかった。
「汚染区分は」
「通常。灰胞子なし。魔素測定、二人とも基準内です」
「意識」
「あります。小田切さん、名前を」
「小田切、岳」
答えは遅い。言葉は崩れていない。
「転倒した時刻」
「五時、二十一分」
「頭は打ちましたか」
「打って、ない」
「吐き気」
「ない」
大丈夫では止めない。項目にして、救急へ渡す。
俺は救急へ連絡し、正面を開けた。
赤区域は作らない。高濃度ではない。青側の床へ断熱シートを敷き、小田切は動かさない。石川にも座ってもらう。
水は出さない。食事も出さない。救急の確認前に口へ入れない。
毛布を二枚かける。靴は脱がせない。左右を見比べ、つま先の色と感覚だけを取る。整復はしない。
「救急、十二分」
石川が息を吐いた。
「よかった」
「西口の受け入れ担当は」
「詰所へ行きました。閉まってました」
「二十四時間のはずです」
「案内板にも、そう書いてありました」
石川は端末を向けた。灰岳市の帰還支援案内。西口保守詰所、二十四時間。帰路亭、七時から二十一時。
開いているはずの西口へ帰り、担当がおらず緊急番号へかけた。案内された南部支援所は車で六十四分。小田切を運んだまま待てず、一番近い帰路亭まで歩いた、という。
「ここ、営業時間外ですよね」
「はい」
「費用は」
「高濃度受け入れではありません。救急搬送と帰還確認です」
「店を開けた分は」
「あなた方へは請求しません」
先週できたばかりの試行契約を見る。待機時間は七時から二十一時。今の発動は対象外だ。
助けない理由にはならない。俺一人が二十四時間働く理由にもしてはいけない。
入口札の裏へ、臨時受け入れとだけ書いた紙を貼る。試行の営業停止札は使わない。使えば、七時前まで市へ請求したように見える。
到着時刻、救急要請、使用物品、対応者は別紙へ移す。無料にするためではない。契約外の事実を、契約内だったことにしないためだ。
丸めれば、次も「帰路亭がたまたま開いた」で終わる。たまたまを二十四時間続けられる店主はいない。案内の穴は、閉まっていても開く店が一つ残るだけでは直らない。
「宮前さん」
電話がつながる。
『状況を』
「西口帰還の二名。石川真帆、自力歩行可。小田切岳、右足首負傷、自力歩行不可。汚染区分通常。午前五時五十二分、帰路亭到着。救急要請済み」
『西口詰所は』
「無人だったそうです」
短い沈黙。
『西口の夜間受け入れは、先週から警備委託へ移っています』
「二十四時間の表示は」
『変更届では維持です』
「担当者は」
『確認します』
「確認が終わるまで、帰還済みにしないでください」
『二名とも地上門は通過しています』
「受け入れへはつながっていません。小田切さんは搬送待ちです」
『分かりました。帰還確認中、二』
入口の外で、車の音が止まった。
神代さんだった。片刃剣はない。ジャケットの下は訓練着で、髪も結び切っていない。
「連絡、宮前さんから」
「早いですね」
「近かった」
神代さんは俺の顔を一度見て、小田切の前へしゃがんだ。足ではなく、顔色を見る位置だった。
「名前」
「小田切、岳」
「眠い?」
「痛い」
「それなら寝ないで。救急、もう来る」
石川が手袋の血を気にして指をかけた時、神代さんが先に止めた。
「あなたの傷?」
「違います」
「外さない。救急に渡してから」
戦う相手がいない時の神代さんは、短い声で意識と手袋を医療まで持っていく。
午前六時四分。救急員が二名、到着した。
小田切を担架へ固定する。石川の手袋は証拠ではなく、医療の引き継ぎ物として袋へ入る。状態を一人ずつ復唱し、搬送車へ渡した。
午前六時十一分。
医療引き継ぎ、二。
帰路亭の受け入れ側は、俺と神代さん。健康状態、異常なし。
「帰還確認、閉じます」
『入域二、地上門通過二、医療引き継ぎ二。確認完了』
二人は帰った。
二人の帰還確認は、そこで閉じた。
問題は残った。
「真壁さん」
宮前さんの声が低くなる。
『西口の夜間担当は、契約上は一名配置です。勤務記録にも在所となっています』
「実際にはいなかった」
『警備会社は、巡回中だったと』
「帰還予定時刻に?」
『そこを確認します。それと、明日の午前六時三十分、西口帰還予定が六名あります』
神代さんが、予定表の側へ視線を動かした。
「帰路亭の待機開始は七時です」
『はい』
「西口詰所を直すのが先です」
『間に合わなければ』
「俺が明日も五時から待つ、では解決にしません」
人を見捨てないことと、一人で全部待つことは同じではない。
店の予定表へ、明日の六時三十分と書く。その横に、帰路亭とは書かない。
西口詰所。
代替受け入れ。
担当者。
三つの欄を空けた。
営業時間外でも、帰還者は帰ってくる。
次に埋めるべきなのは、店主の睡眠時間ではなかった。




