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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第四事件 生配信は撤退を映さない

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帰ってきた装備を、客席へ通さない

羽鳥さんが最初に手放したのは、腰の索具だった。


『これを外すと、誰も引けません』


「いまは全員、自分の足で立っています」


『分かっています』


 分かっていても、迷宮で仲間をつないだ道具を置く手は遅くなる。


 帰路亭の側面扉の外。

 赤線の手前に立った羽鳥さんは、灰色の外装の上から索具の留めを一つずつ外した。神代さんは防護外装を着け、汚染側で受け取る。成瀬さんと生活衛生担当は黄色い境界。俺は青線の内側で、資材数と手順を有線へ出していた。


「索具は長物袋。金具側から入れて、口を二回巻く。外袋の封印は堂前さんが確認」


『了解』


 汚染側待機区画に残る堂前が、画面越しに番号を読む。


 人が移動した後も、持ち主が装備の処理を確認できるようにする。

 救助だからといって、持ち物を誰の物でもない袋へ変えない。


「羽鳥さん、側面扉へ」


 神代さんが言った。


『入ります』


 扉が開く。

 可搬排気機が低く鳴り、灰色の外装についた細かな粉を側面窓の回収フィルターへ引く。


 羽鳥さんが赤線へ一歩入った。

 戻らない。


 水は使わない。羽鳥さんの乾式除染を始める。


 神代さんが吸着布を肩へ当てる。払わない。擦らない。粉を舞わせず、押さえて布へ移す。


「右頬の表示」


『赤。漏入警報はなし』


「送気フードを先に」


 成瀬さんが黄色い境界から、清浄送気フードを差し出す。神代さんが外装の頭部へかぶせ、内側へ清浄空気を送る。


 これで面体を外す数十秒だけ、羽鳥さんの呼吸を外気から分けられる。

 送気の音が変わると、フードの内側で羽鳥さんの肩が一度沈んだ。


「背嚢」


 肩帯を外す。

 長物袋とは別の二重袋へ入れる。


「外装、上から」


 神代さんが首元の離脱帯を引いた。

 動かなかった。


「もう一度」


「止めてください」


 指に力が乗る前に、俺は言った。映像を拡大する。


 右肩から首へ、濡れた灰胞子が筋になって固まっている。離脱帯の端が、その下へ噛んでいた。


「引けば切れます」


 神代さんが言った。手は帯に残したまま、力だけを止めている。


「外装が?」


「帯も外装も」


 フードの内側で、羽鳥さんの呼吸が浅くなった。


「急に切ると、固まった胞子が割れます」


 強さが足りないのではない。

 強すぎる方法が使えない。


「粘着捕集布を一枚。首の筋へ貼って、その上から帯だけ切ってください」


 成瀬さんが、片面に粘着層のある捕集布を渡す。

 神代さんが灰色の筋を粘着捕集布で覆う。成瀬さんは黄色側から、市の除染用安全刃を布と外装の間へ滑らせた。片刃剣ではない。


「張ります」


『お願いします』


 羽鳥さんの声は、フードの内側で短く切れた。

 神代さんが外装の左右を一定の張力で保つ。成瀬さんが黄色側から、固着した離脱帯だけを切る。


 固まった胞子は捕集布へ付いたまま、外装と一緒に開いた。


「頭部、外します」


 送気フードを残し、汚染外装だけを後ろへ抜く。

 腕。

 胴。

 脚。

 赤線側へ外装を落とさず、神代さんが袋の中へ折り込む。


「黄色へ一歩」


 羽鳥さんが境界へ進む。

 水城の遠隔計と、生活衛生担当の手持ち計で、髪、首、手首、靴下の表面を測る。


 右手首に弱い反応。

 清浄布で押さえる。

 再測定。

 基準内。


「青へ」


 送気フードの内側で、羽鳥さんが一度だけ深く息をした。

 青線を越える。


 救急員が清潔な上着を着せ、予備面体へ交換する。呼吸、脈拍、目と喉の刺激。いずれも異常なし。


「氏名」


「羽鳥澪」


「状態」


「自力歩行。意識清明。曝露症状なし」


 一人目を、帰還確認票の緑へ移した。


 羽鳥さんは清浄側の十二席へ座らず、青線の外から汚染側画面を見る。


『黒瀬さん。次です』


『了解』


 黒瀬は大型盾を洗浄所の外壁へ立て、固定帯を二本かけた。神代さんが受け取ろうとすると、首を振る。


『盾より先に、隊員を通してください』


「盾はそこから動かしません」


 俺は答えた。


「処理担当が決まるまで、所有者名と封印番号を付けて固定します」


 人を先に数え、物は残す。盾を先に洗いたがるのは持ち主の仕事で、通す順番を決めるのはこっちの仕事だ。


 黒瀬が赤線へ入る。

 面体圧は正常。外装の切れなし。

 吸着、背嚢密封、脱装、測定。


 青線を越えた後、最初に羽鳥さんを見る。それから自分の名を言った。


「黒瀬直人。自力歩行。異常なし」


 二人目。


 水城は測定箱の記録を止める直前まで、四人分の濃度を読み続けた。


『最後の値、保存しました』


「箱は硬質容器。電源を切ってから入れてください」


『記録送信を確認してから』


「市と帰路亭で受信済みです。記録が離れても、箱の所有者は水城さんのままです」


 自分の手元から記録が離れたことを確認し、水城が電源を落とす。


 三人目。


 堂前は四人分の装備袋を数え、封印番号を読み終えてから赤線へ入ろうとした。指が袋の口で止まる。


『外装袋四。背嚢四。索具一。測定箱一。工具袋一。盾一。所有者照合済み』


「人員は」


『汚染側、私一名』


「では、その一名を先にしてください。袋は赤に残します」


 堂前が短く笑った。


『了解』


 四人目。


 午後六時過ぎ。

 白峰隊、入域四、地上門通過四、清浄側移行四。

 羽鳥澪。黒瀬直人。水城美奈。堂前豪。

 全員、自力歩行。意識清明。医療確認へ引き継ぎ。


 四つの名前が、同じ帰還確認票へ並んだ。


 食事は出さない。まだ厨房は封鎖中で、医療担当も先に診察を指示している。

 代わりに、密封した水を一人一本ずつ渡した。


 人は帰った。

 装備は帰していない。


 赤線の内側には、二重袋と硬質容器。側面の外壁には黒瀬の盾。可搬排気機の回収フィルターも、高濃度汚染物になった。


「市の除染車で処理できますか」


 俺は宮前さんに訊いた。


「人員用の緊急除染が優先です。大型装備と回収物を受ける容量はありません」


「公設除染室の復旧は」


「排水槽の汚染範囲を調査中。今夜中とは言えません」


 生活衛生担当が、六席の赤区域へ使用停止札を置いた。


「汚染物の処理責任と搬出経路が決まるまで、帰路亭の飲食営業は再開できません」


 宮前さんの端末へ、設備提供の連絡が一件入った。

 東都迷宮開発の移動除染設備。今夜中に搬入可能。


 画面の下に、処理責任と作業記録の帰属欄がある。どちらも空欄のままだった。


 帰ってきた四人を店へ通すことはできた。

 装備と回収フィルターを、誰の責任で同じ境界線の向こうへ通すかは決まっていなかった。

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