↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第四事件 生配信は撤退を映さない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/50

店を残す条件に、帰還記録は渡さない

赤線の内側に、四人分の装備が残っていた。

 大型盾。測定箱。索具。工具袋。背嚢四つ。回収フィルター。

 白峰隊は救急外来へ移っている。店内に本人はいない。赤線際の六席は、椅子を重ねたまま閉じている。処理しなければ、飲食は再開できない。


 画面の向こうで、東都開発の運用責任者が、空欄の多い処理票をカメラへ向けた。

「対象者氏名、入域時刻、地上門通過時刻、曝露時間、医療確認結果。装備の所有者、材質、付着濃度、回収時刻、処理後の返却先」

 読み上げは早い。欲しい項目が多いのは、悪意ではなく、負える責任の幅が広いからだ。

「弊社設備へ取り込む以上、作業記録と帰還記録を一件へ統合します。処理後の健康被害や装備損傷が出た場合、誰の何を処理したか追跡できなければ責任を負えません」


「汚染濃度と装備の材質は渡せます」

 俺は答えた。

「氏名、帰還時刻、医療結果は渡しません」

「では、弊社は誰の依頼を受けるのですか」

「灰岳市です」

「市が設備処理の契約者でも、装備損傷の当事者は所有者です」

「所有者へ戻せる番号は付けます」

「その番号と本人を、弊社側で照合できない」

「照合できないように分けたいんです」


 統合すれば今夜中に処理できる。店も検査へ進める。

 その代わり、白峰隊の入りと帰りと医療確認が、東都の安全管理基盤へ入る。

 六年前の事故記録も、羽鳥さんの試験帰還札も、会社の内側だけで閉じたことが問題だった。

 店の再開を、同じ形へ預けるわけにはいかない。


「善意に依存する設計は危険です」

 清浄側の正面口から、八代佳澄が入ってきた。

 炭色のパンツスーツ。紙の契約書と薄い端末を、同じ革鞄へ入れている。最初に見たのは俺ではなく、赤線、青線、正面口だった。赤線は越えない。

「久しぶりですね」

「呼んでいません」

「宮前さんから、以前の第三者預託案を使えるか相談がありました。会社の代理ではありません」

「本社権限は」

「戻っていません。ですから、契約の穴を説明することしかできません」


「東都開発の要求は過剰ですか」

 宮前さんが訊いた。

「一つの記録にまとめる必要はありません。ただし、処理業者が必要とする情報まで隠せば、責任だけ負わせることになります」


 八代は紙を三枚、カウンターへ置いた。

 手前が帰還原本。氏名も時刻も医療引き継ぎも、ここへ書く。管理者は灰岳市。帰路亭が持つのは照合控えだけだ。

 真ん中が匿名除染処理票。受付番号、装備、材質、濃度、密封と処理の結果。管理者は業者。

 いちばん奥の一枚は対応表だった。八代はそれを伏せた。

「東都開発には、この二枚目だけ?」

 神代さんが、匿名票の縁を指で押さえる。

「二枚目と、市が処理依頼者である証明です」

「誰の盾か分からなくても返せる?」

 視線は赤線の大型盾へ向いている。黒瀬さんのものだ。名前は票に書かない。

「会社は受付番号へ返す。市が黒瀬さんへ返す」

「面倒」

「面倒を一枚増やして、所有権を一社へ集めない仕組みです」

 八代は腕時計の位置を直した。


「装備損傷が出た場合は」

 運用責任者が訊いた。

「受付番号単位で市へ通知します。所有者本人が開示へ同意した時だけ、氏名と請求情報を接続する」

「健康被害の追跡は」

「処理業者へ医療記録は渡しません。使用した処理剤、濃度、作業時刻を市へ返してください。医療側が必要と判断し、本人が開示へ同意した時だけ、市が必要な範囲を照合します」

「弊社システムの標準外です」

「標準外だからできないのか、責任を限定すればできるのか、分けてください」

 八代の声は丁寧だった。逃げ道を塞ぐ時ほど、柔らかい。


 運用責任者は、画面へ残された匿名票と、市が処理依頼者である証明を読んでいた。

「市を契約者とし、弊社の責任を受付番号にひもづく処理作業と装備損傷までに限定する。健康情報は取得せず、処理剤と工程情報を市へ返す。受付番号単位なら受諾します。今夜中に処理できます」

「帰還原本の統合は」

「要求しません」


 条件が消えたのではない。会社が責任を負える幅へ、記録を切り分けただけだ。


 八代は帰還原本と伏せた対応表を宮前さんの手元へ寄せ、匿名票だけを画面側へ残した。

 救急外来の四人へ、宮前さんが説明する。

『装備処理には同意します』

 黒瀬が代表して答えた。

『帰還原本は市に、照合控えは帰路亭に残してください。四人分、同じ扱いで』

 羽鳥、水城、堂前も一人ずつ同意し、四名全員の記録がそろった。


 午後七時四十七分。

 東都開発の移動除染設備が、帰路亭の側面へ到着した。

 会社の作業員は赤線を越えない。市の担当者が密封物を受付番号ごとに側面扉から出し、処理設備へ渡す。

 人の名前は呼ばない。装備種、材質、濃度、封印番号だけを読み上げる。

 黒瀬の盾も、外壁から直接設備へ移した。

「処理完了は午後九時予定。拭き取り検査はその後です」

 生活衛生担当が言う。

「合格すれば、明日から営業できますか」

「今回の緊急転用を、一度の例外として終えるなら、次の高濃度帰還者は受け入れられません」

「終えないなら」

「十八席あるテーブル席のうち六席を、常時すぐ空けられる受け入れ区画にする。厨房封鎖、換気停止、汚染物の側面搬出、市資材の搬入場所を手順化する。緊急受け入れ時は、飲食営業を全面停止する」


 六席。混雑時なら、一時間に何人も座る。売上表では、空白になる場所だ。

「真壁」

 神代さんが、重ねた椅子の背に手を置いた。

「戻す?」

 元の場所へ、という意味だった。

「戻しません」

「六席、減る」

「帰還受け入れがない時は、折り畳み席として使える形を申請します。ただ、境界を作る時は最初に空ける」

「店を小さくする?」

「食べる場所は少し」

 俺は赤線の内側を見る。処理の残る床と、空いた六席の脚跡。

「帰る場所は、狭くしません」

 神代さんは椅子を持ち上げた。

 今度は、どこへ運ぶかを聞かなかった。

 側面収納へ、六脚を一つずつ収めていく。


 午後九時。

 移動除染設備から、最初の処理完了票が届いた。書かれているのは受付番号と装備だけだった。

 俺は処理完了票を確認台の端に置いた。すぐ横で、四人の帰還記録の照合控えが、帰路亭に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。