全部止める前に、同じ番号だけ止める
二十七人を止めれば、小暮さんたち三人を自己都合にしなくて済む。
運営会社は、そんな脅し方をしなかった。
「支給工程のどこで型式が入れ替わったか、まだ特定できていません」
安全管理室の男は、帰路亭の端末へ西側滞在区の予定表を出した。
「同じ倉庫から支給した吸着フィルターを信用できない以上、区画内の全案件を安全停止する。それが弊社の手順です」
小暮班を含む、今日と明日の四案件。対象は合計二十七名。
会社が全案件を安全停止として扱えば、小暮さんたち三人を自主中断へ落とさずに済む。その代わり、別の二十四人の仕事が止まる。
誤支給を一箱見つけて、残りを無条件に安全と呼ぶことはできない。
男の判断は、間違っていなかった。
「停止した場合の賃金は」
新堂さんが訊いた。
「契約ごとの休業条項に従います。原因が弊社にあると確定すれば、後日補償します」
「確定するまでは」
「無給となる契約もあります」
有川さんが椅子の背へ沈んだ。
「俺たちの一日を残すために、二十四人の一日を消すんですか」
「違います」
安全管理室の男は否定した。
「安全を確認できない支給品で、二十七名を入れないためです」
言葉を飾らない。小暮さん一人を悪者にもしない。だから厄介だった。
正しい停止は、人を傷つけないわけではない。
宮前さんが四案件の支給票を横へ並べる。品名は全部、RF―七二。会社の管理画面では同じ商品として扱われ、製造番号の欄はない。
「真壁さん」
「はい」
「対象だけを分ける根拠がなければ、市も全停止へ異議は出せません」
対象。
小暮さんの箱に付いていた番号は、白い確認シールだけではない。
硬質ケースの映像を戻す。灰色の外箱。切れたシール。底面の型式印字。その横、段ボールの継ぎ目へ青いインクが半分だけ残っている。
「この青い数字は」
「倉庫の棚番でしょう」
安全管理室が答える。
「棚番は四桁です。これは七桁ある」
成瀬さんの回収映像を拡大する。
箱の底へ隠れていた数字は、W19―087。最後の一桁だけ、封印帯の陰にある。
新堂さんが自分の黄色い荷役票を裏返した。
「それ、パレット番号です」
「なぜ分かります」
「入域前、荷物を搬送台へ載せた時に読み上げました。荷役票の備考にもあります」
備考欄。
PLT―W19―087。
会社の出庫記録には商品名しかない。市の搬送台には、実際に載せた荷姿の番号が残っていた。
「他の三案件の荷役票を確認できますか」
「まだ入域前です」
「なら、倉庫で組まれた作業別の荷札は」
安全管理室の男は答えず、誰かへ内線をつないだ。
待つ間に、救急外来から音声だけの通話が入った。
『小暮です。意識は清明。検査待ちです』
「患者が業務連絡を始めています」
『医師には、短時間なら許可を取りました』
取り方まで想像できる。症状を短く、必要時間を短く、他人の都合を長く説明したのだろう。
『全停止で構いません』
「理由を聞いても?」
『同じ倉庫を通った物を、私たちの箱だけの問題にしないためです』
「二十四人の賃金が止まる可能性があります」
『安全でない物を持たせるよりいい』
小暮さんの答えも正しい。
自分の認定を守るために他人を危険へ入れない。その線だけは、最初から変わっていない。
「全員を止める前に、どこまで同じ物かを分けます」
『会社が分けられないと言っています』
「会社の商品台帳では、です。運んだ物の台帳は別にある」
安全管理室の内線が戻った。
「作業別の荷札を確認しました」
男が言う。
四案件のうち、小暮班と、翌朝入域予定の五人班がW19―087。同じパレットから準備されていた。
残る二案件、十九人分はW18―062とW20―011。入荷日も違う。
「別パレットが正しい保証にはなりません」
男は先回りした。
「誤った型式を選んだのが入荷時ではなく、商品登録や棚入れの段階なら、すべてに影響します」
「だから、継続する二案件も、入域前に現物を確認します」
「外箱の表記だけでは足りない」
「一本ずつ、メーカー刻印と重量を照合する。会社、市、作業者の三者で映像を残す。RF―七二と確認できなければ、その場で止める」
箱を信じない手順は、もう小暮さんの一箱で試している。
「W19―087は、箱を開ける前から停止。残る二つは、現物確認を通った人だけ入域。地理的な全停止ではなく、支給単位の検証保留です」
宮前さんが市の仮様式へ線を引いた。
対象はパレットW19―087から支給された二案件、八名。
残る二案件は、RF―七二のメーカー刻印、一本ごとの重量、装着者名を入域前に記録する。
目的。全停止を判断する前に、支給単位を一度だけ照合する。
受益者。別パレットの二案件、十九名。
危険を負う者。現物照合を通って入域する十九名。
所要時間。各班の入域前、一回限り。
失敗時復帰点。一本でも不一致なら、二十七名の全案件を安全停止へ戻す。
判断者。運営会社安全管理室と宮前さん。
実行者。会社倉庫担当、市職員、各班の装備担当。
「会社の手順に、支給単位の安全中断はありません」
「中断区分を増やせとは言っていません」
俺は答えた。
「全停止を判断する前に、対象を確認する一回の検証です」
第六事件で、久世が残した七項目。
希望を小分けにして、何度も延長するための欄ではない。
未知を、確認せず全員分へ広げないための欄だ。
『私たち三人は、八名の方へ入りますか』
小暮さんが訊いた。
「入ります」
『なら、賛成です』
自分だけを例外にしない。その代わり、関係のない十九人まで一緒に止めない。
安全管理室の男は、しばらく市の仮様式を読んでいた。
「二案件の現物確認を弊社負担で実施します。W19―087の二案件は、原因確認まで停止。一本でも不一致なら全停止へ移行します」
「中断理由は」
新堂さんが訊いた。
「小暮班三人の中断理由は、対象支給品照合中とします。少なくとも、いま自主中断には確定しません」
全停止から、入域前の現物照合へ移せた人数は十九人。
原因確認まで止めた人数は八人。
ゼロにはできない損失を、同じ番号のところまで狭めた。
「八人分の賃金と、小暮さんたちの実地記録は」
有川さんが訊く。
安全管理室の男は、そこで初めて言葉を選んだ。
「原因と責任が確定する前に、保証は約束できません」
安全停止の暫定範囲は決まった。
止まった人の生活を、誰が持つかは決まっていなかった。




