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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第四事件 生配信は撤退を映さない

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証拠箱より先に、補給係を運ぶ

 証拠箱は、小暮さんより先に地上へ出さない。


 決めた順番を、救助対象本人だけが守ろうとしなかった。


『歩けます。箱も持てます』


 西側滞在区から届く声は、さっきより近い。神代さんと成瀬さんが補給庫へ到着し、小暮澄香を壁際の簡易椅子へ座らせていた。


 映像の中央には小暮さん。右には未使用フィルターの開封箱。左には交換時刻を記した薄い台帳。


 人と証拠が、同じ画面へ収まっている。


「持てるかではなく、持たせる計画かを確認しています」


『補給庫から点検口まで、平坦です』


「距離は」


『六百二十メートル』


「現在の症状」


『軽い咳。指先のしびれ』


「立った時のふらつき」


 返事が一拍遅れた。


『ありません』


『あった』


 神代さんが即座に訂正した。


『立って三歩で、右へ寄った』


『床の継ぎ目です』


『継ぎ目は左にあった』


 小暮さんは黙った。


 同業者が自分の不調を在庫表から外す時、説明だけが妙に細かくなる。俺にも覚えがある。覚えがあるから、信用しない。


「成瀬さん。搬送補助は」


『簡易支持帯が一。折り畳み椅子はあるが、車輪なし』


「歩行六百二十メートルを前提にしないでください。百メートルごとに停止。最初の停止でふらつきが増えたら、二人で支持帯搬送へ切り替える」


『了解』


『箱はどうします』


 小暮さんが訊いた。


「置いてきます」


『交換記録も現物も、会社の立会い前に無人になります』


「市と帰路亭の映像を継続します。扉へ市の封印帯。小暮さんを点検口へ渡した後、成瀬さんが戻って回収する」


『二往復です』


「さっきも聞きました」


『何の話ですか』


「同じ反論を二度も補給しなくていい、という話です」


 神代さんが画面の外で小さく息を吐いた。笑ったらしい。


 小暮さんは笑わなかった。代わりに、開いた在庫台帳を自分の膝へ引き寄せる。


『それなら、未開封品と使用中品の管理番号を、もう一度読み上げます』


「お願いします」


 救助へ移っても、仕事を奪わない。記録を閉じるのは小暮さんだ。


 灰色の箱。切れた白い確認シール。交換済みのRF―四八。棚ごとの封印番号。小暮さんは咳の合間にも、数字を一つも飛ばさなかった。


 その途中で、成瀬さんの手が在庫棚の下段で止まった。


『食料欄も撮ります。残数一』


 透明袋に、味の薄い米粥型の携行食が一つ入っている。表面には油性ペンで「小暮 最終日」と書かれていた。


「予定消費時刻は」


『本日十時三十分』


「現在時刻は午後零時四十一分です」


『食欲がなかったので』


 新堂さんが、客席から画面をのぞき込んだ。


「違います」


 声が震えていた。


「小暮さん、甘いのが苦手なんです。だから自分の分だけ、いつも味の薄いのにしてた」


 有川さんが自分の荷物から、空になった栄養食の袋を出す。桃味。新堂さんの袋は蜂蜜レモン味だった。


「私たちのは、一日二つずつ入ってました」


「小暮さんのは?」


「一日一つです。足りないって言ったら、甘いのは苦手だからって」


『必要熱量は別の食事で満たしています』


 小暮さんが言う。


「その別の食事も、今朝で残数ゼロです」


 俺は映像の在庫欄を読む。


 三人分を七十二時間もたせる補給表の中で、小暮澄香だけが最初から少なかった。


 RF―四八は、支給品として生じた不足だ。


 こちらは、小暮さん自身が作った不足だった。


「食べてから出る?」


 神代さんが訊いた。


『時間を使います』


「食事は治療にならない。でも、空腹のまま六百二十メートル歩く理由にもならない」


『医療担当が、いま食べていいと言いましたか』


 神代さんが端末を見る。


 帰路亭の救急員は、少量の水だけ、食事は地上で診察後と指示した。吐き気が出た場合、搬送の邪魔になる。


『水だけ』


 神代さんは事実をそのまま返した。


『食べさせて黙らせるのはなし。帰って、医者に聞く』


『なら、この一袋は証拠箱へ』


「入れません」


『補給計画の偏りを示します』


「小暮さんの食事は証拠品ではありません。本人の手荷物です」


『区別に意味がありますか』


「あります。帰った後も、あなたのものです」


 小暮さんの右手が、米粥の袋へ伸びた。封印シールを押さえるため短く切った親指の爪が、透明な包装へ触れる。


 それから自分の上着のポケットへ入れた。


『出ます』


 午後零時四十八分。


 補給庫の扉を閉める。成瀬さんが市の青い封印帯を通し、番号を映像へ読ませる。小暮さんは記録欄へ自分で時刻を入れた。


 最初の百メートルで、歩幅が狭くなった。


 二百メートルで咳が続いた。


 三百メートルへ着く前に、右足が止まった。


『搬送へ切り替える』


 神代さんが言った。


『歩けます』


『歩ける。だから、歩かせない』


 強さで命令を押し切ったのではない。最初から決めていた停止条件を、小暮さんだけ例外にしなかった。


 支持帯を腰と腿へ回す。神代さんが前、成瀬さんが後ろ。片刃剣は帰路亭に置いたまま。いま使う力は、人を傷つけるためのものではなかった。


 午後一時二分。


 西側点検口の内側に三人の姿が見えた。


「氏名を」


 宮前さんが確認台を開く。


「小暮澄香」


「状態」


「歩行困難。咳、指先のしびれ。意識清明」


 今度は、自分の症状を削らなかった。


 点検口を越える。救急員が小暮さんを受け取り、呼吸と循環を確認する。


「箱は」


 担架へ移されながら、小暮さんはやはり最初に訊いた。


『これから戻る』


 成瀬さんの声が有線から届く。


「あなたが先です」


 俺は確認票へ帰還時刻を書いた。


「その順番で、問題ありません」


 七分後、青い封印帯の付いた硬質ケースが地上へ出た。未使用箱、交換記録、使用中フィルター。番号は映像と一致する。


 帰ってきた順番は、小暮澄香。次に、証拠箱だった。


 運営会社から届いた安全中断案には、別の順番が書かれていた。


 対象ロットだけを止める区分はない。


 認めるなら、西側滞在区の全案件を停止する。


 小暮さん一人の自主中断か、働いている全員の安全停止か。


 会社は、二つの正しい損失を並べてきた。


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