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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第四事件 生配信は撤退を映さない

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九人分の席は、最初から空けてある

 帰ってきた、という報告を、俺は信じなかった。


『第二標識、通過』


 午後五時三十三分。


 有線の向こうで、成瀬さんが言った。


 五人はN7を越え、共通昇路を地上へ向かっている。


 遮断期限は午後五時四十三分。


 残り十分。


「人数」


『五名』


「歩行」


『四。搬送一』


「長谷部さんの意識」


『あります。店主が疑り深いと文句を言ってます』


『言ってません。腹が減ったと言いました』


 長谷部本人の声が割り込む。


 意識は清明。


 冗談の品質は、やや低下。


「地上門を通るまで空腹を維持してください」


『ひどい指示だ』


「医療担当の許可が出るまで食べさせない、という意味です」


『もっとひどい』


 声は近づいている。


 それでも、氏名確認台は空欄のままだ。


 久世は赤枠の五人を消さない。


 俺は九枚の夕食札を裏返さない。


 助かりそうな人間を、先に助かったことにしない。


『第一曲路、進入』


 午後五時三十六分。


 次の瞬間、有線が大きく擦れた。


『停止』


 神代さんの声。


 監視画面の端で、そりが斜めに止まる。右の固定帯が、曲路の継ぎ目へ噛んでいた。


「引かないでください」


『分かってる』


「荷重を抜きます」


 成瀬さんがそりの後ろを持ち上げる。


 神代さんは前を引かず、半歩戻った。


 有馬と水原が壁側へ寄り、通路を空ける。


 強い人間が力を足せば、固定帯ごと長谷部の脚をひねる。


 いま必要なのは、速さではない。


『帯、外れました』


 四十二秒。


 久世が記録する。


「遅延四十二秒。予備時間から差し引き。新しい地上門予定、十七時四十一分四十二秒」


『了解』


 神代さんが答えた。


『走らない』


 言われる前に付け足した。


 学習はしている。


 信用とは別に、確認は必要だが。


 午後五時三十八分。


 地上門の内側にある灯りが、監視映像の奥へ差した。


 東側班の二人が立つ。


 さっき入域を外された二人だ。地上搬送受け入れとして、空の医療台車を門前へ置き、固定具を開いて待っている。


「こちらで受けます」


「順番は長谷部さん、次に水原さん、有馬さん。神代さんと成瀬さんは最後です」


 俺が言うと、久世が訂正した。


「神代さんが最後。成瀬さんは有馬さんの後。後尾が通過するまで、先導者を帰還済みにしません」


 戦闘力ではなく、役割で最後を決める。


『了解』


 神代さんは異議を出さなかった。


 午後五時四十一分。


 そりの先端が地上門を越えた。


 長谷部の顔は汗で濡れ、唇の色は悪い。それでも俺を見ると、片手を上げた。


「高級車じゃなかった」


「乗車料金はいただきません」


「食事券は」


「医療担当へ交渉してください」


 医療台車へ移す。


 呼吸、脈拍、意識、左脚の循環を救急員が確認する。食事より先に、固定と搬送先の判断だ。


 水原が門を越える。


 有馬が続く。


 成瀬さんが有線索を巻きながら出る。


 最後に、神代さん。


 午後五時四十一分三十七秒。


「全体遮断」


 久世が言った。


 市の担当者が共通昇路を閉じる。


 重い遮断音が、地上まで伝わった。


 期限の八十三秒前。


 全員が線のこちら側にいる。


「氏名確認を行います」


 久世は喜ばなかった。


 赤枠を閉じる仕事を始めた。


「東側計測班」


 六人が一人ずつ名乗る。


 自力歩行四、介助歩行二。


 入域六、帰還六。


「北側保守班」


「有馬航平」


「水原鈴」


「長谷部淳。現在、寝たままです」


「入域三、帰還三。歩行二、搬送一」


 久世が赤枠の三人へ、帰還時刻を書いた。


「救助班」


「成瀬達郎」


「神代凛花」


「入域二、帰還二」


 五つの名が赤枠から緑へ移る。


 消さない。


 切った判断も、戻した手順も、同じ紙へ残した。


「共同撤退、入域十一、帰還十一」


 九人の作業員と、二人の救助者。


 久世が左の時計を止めた。


 右の時計だけが、現在時刻を刻み続ける。


「真壁さん」


「はい」


「私の最初の計画で、東側六名は帰還しました」


「はい」


「あなたの検証で、北側三名の生存と搬送条件が確定した。段階閉鎖で五名の帰還時間を作った」


「はい」


「段階閉鎖が失敗していれば、救助班の撤退余裕を九十秒削っていました」


「それも、はい」


 成功した結果だけで、判断を正しかったことにしない。


 久世は黄色い保留枠の下へ、新しい欄を引いた。


「検証保留」


 目的。


 受益者。


 危険を負う者。


 所要時間。


 失敗時復帰点。


 判断者と実行者。


「確認不能をゼロへ移す前に、この七項目が埋まる検証だけを一度認めます」


「一度だけ?」


「一案件につき一度です。希望を小分けにして何度も延長する運用は認めません」


「そこは同意します」


「全員を帰すと言う側にも、ここまで書いてもらいます」


「それも同意します」


 久世は初めて、壁時計を正しい時刻へ戻した。


「では、共同案です」


 宮前さんがその用紙を受け取り、市の様式番号を仮に付ける。


 帰路亭だけの善意ではなく、次の現場で別の人間が使える手順になる。


 六年前の午後一時三十四分を、これで説明したことにはならない。


 あの閉鎖判断は、誰が何を知っていたかを別に調べる。


 ただ、いま同じ空欄を作らない仕組みは残せる。


 午後六時過ぎ。


 帰路亭の通常電源を戻した。


 医療担当の許可が出た長谷部さんには、具を漉した薄いスープ。左脚は固定したまま、食後に画像検査へ搬送する。


 残る八人には、鶏と生姜の雑炊、塩分を抑えた煮物、水。


 食事は負傷を治さない。


 低下した体温と空腹を戻し、治療と帰宅へ進む身体を支えるだけだ。


 九人分の席は、最初から空けてあった。


 料理を作ったのは、九人の帰還を確認してからだ。


「最初から三人も帰ると思っていたんですか」


 久世が、九枚の札を見て訊いた。


「思っていません」


「では、なぜ席を」


「帰る可能性と、帰ったことは別です。料理は後でいい。でも、帰ってきた人を座らせる場所まで切る必要はありません」


 久世は空いていた十席目ではなく、壁際の補助椅子へ座った。


「私の分は計画にありません」


「賄いならあります」


「仕事ですか」


「反省会です」


「それは仕事です」


 もっともだった。


 神代さんが、窓際の二人掛けへ自分の湯呑みを置く。


「真壁。九人の後」


「覚えています」


「仕事じゃない夕食」


「久世さんの反省会が終わったら」


「長い?」


 久世が共同撤退表を持ち上げた。


「七項目あります」


 神代さんは、迷宮の締切より深刻そうな顔をした。


 俺は二人分の小さな膳を、まだ厨房に残した。


 九人を帰した夜にも、仕事の外で一緒に食べる約束は消さなかった。

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