助けに行く人数を、先に減らす
救助班の二人目を決める表へ、久世環は最初に自分の名を書いた。
そして、最初に外した。
「後尾と有線保持はできます。N7の手動輪操作資格はありません」
午後五時十二分。
久世は自分の名前へ横線を引き、外した理由を横へ書いた。
資格不足。
地上計画者不在。
助けに行きたいかどうかは、欄にない。
「自分だけ安全な場所に残るつもり?」
神代さんの声が有線から飛んだ。
「いいえ。成瀬さんが入域不能になった場合、私が後尾へ入ります」
久世は次の欄へ、地上代行・宮前紗季と書いた。
「その場合は、N7操作資格を持つ別の一名が必要です。いま用意できなければ、計画自体を中止します」
「自分を候補に入れても、条件を満たさなければ使わない」
「人員表ですから」
当然のように言う。
自己犠牲へ酔わない点では、この人は信用できた。
問題は、他人の可能性にも同じ速度で横線を引くことだ。
『成瀬、入れます』
接続箱の現場から、市の設備救助員が応答した。
成瀬達郎。三十八歳。N7と同型の圧力扉で訓練済み。装備込み七十八キロ。圧力差環境での活動限界は二十五分。
「負傷は」
『なし。可搬送気の接続は市の安全員へ引き継ぎました』
「俺も行けます」
客席から声がした。
帰還した東側班の一人だ。濡れた現場上着を脱ぎ、毛布を肩へ掛けている。介助歩行の二人を交代で支えたせいで、両腕に固定帯の跡が残っていた。
「北の三人とは、同じ点検区です。道も知ってる」
もう一人が立つ。
「搬送なら、地上から四人で回した方が早い」
六人を帰した直後だ。
仲間を置いたまま座っている方が、身体を動かすより苦しいのだろう。
久世は二人へ礼を言わなかった。
代わりに、質問した。
「濾過缶の使用時間」
「六十八分」
「俺は五十九分です」
「前腕の震え」
一人目が拳を握った。指先が小さく揺れている。
「あります。でも、持てます」
「持てるかではなく、十四分のそり搬送後に手動固定を外せるかです」
久世は候補欄へ二人の役割を書いた。
地上搬送受け入れ。
医療引き渡し補助。
「入域からは外します。地上門から氏名確認台までをお願いします」
「仲間を助けに来たのに」
「だから、最後の二十メートルを空欄にしません」
二人はすぐには座らなかった。
やがて毛布を掛け直し、地上門側の席へ移った。
久世は、人を計画から消しているのではない。
危険へ入れる人数を減らし、帰還へ必要な仕事を外へ残している。
それでも北側の三人から見れば、来ない人数であることは変わらない。
正しさは、痛みをなくしてくれない。
「役割を確認します」
久世が言った。
「神代さんは先導、危険確認、長谷部さんの搬送。成瀬さんはN7操作、そり固定、有線保持。戦闘は回避。構造異常があれば接触前でも撤退」
『了解』
二人の返事が重なった。
「待ってください」
俺は、接続箱の監視映像を拡大した。
神代さんは白い軽装甲のまま、片刃剣、予備電池、雷撃用の放熱板まで背負っている。
これから必要なのは、敵を倒す装備ではない。
「神代さん。剣を置いてください」
『嫌』
「返事が速すぎます」
『迷宮へ入る』
「戦いに行くんじゃありません。帰ってくる人を運びます」
『敵が出たら』
「即時撤退。いま久世さんが読み上げました」
『小型なら、剣があった方が早い』
「剣、鞘、放熱板で五・八キロ。折り畳み搬送具が四・二キロ。有線索と長谷部さん用の固定帯で一・四キロ。両方持てば、復路の余裕を二分失います」
数字を返すと、神代さんは黙った。
久世は助け船を出さない。
俺も出さない。
強い人間へ「念のため」を積めば、最後には強さごと帰還時刻を越える。
『雷撃なしで扉が詰まったら』
「成瀬さんの手動工具を使う。開かなければ戻る」
『長谷部を目の前にしても?』
そこだけ、声が低くなった。
兄を待って失った神代さんにとって、手が届く距離から戻るのは、遠くに置くより難しい。
「戻ってください」
俺は言った。
「次の手を作れる人まで残ったら、救助ではありません」
『……分かった』
白い指が、剣帯の留め具を外した。
片刃剣が接続箱の床へ置かれる。
放熱板も、予備電池も外した。
代わりに、折り畳み搬送具を背へ固定する。
『真壁』
「はい」
『五時四十分。氏名確認台の前』
「そうです」
『戻ったら』
一瞬だけ、有線の向こうで言葉が止まる。
『夕食は、仕事?』
切迫した撤退線で訊くことではない。
そして、俺が前回曖昧にしなかったから、彼女も確認できることだった。
「九人の帰還食を出したあとなら、違います」
『なら、戻る』
「食事がなくても戻ってください」
『両方』
久世が左の時計を見た。
「私的な予定を撤退動機へ加算しないでください」
「していません」
『少ししてる』
「神代さん」
『行ってくる』
通信を切って逃げた。
あの人は撤退を覚えても、会話からの撤退だけは速い。
北側点検口の監視映像で、成瀬さんが装備を確認する。
手動工具。
固定帯。
有線索。
空の背嚢が一つ。
食料も水も、救助班用の一回分だけ。予備を積まない。現地の三人へ渡す分は、有馬たちが封印した未使用濾過缶と、長谷部へつながる送気で足りる。
「真壁さん」
宮前さんが、小声で言った。
「あなたは入ると言わないんですね」
「俺が行けば一人増えます。戦えない上に、N7も扱えない。現地へ運ぶ仕事を増やすだけです」
六年前なら、それでも現場へ行くと言ったかもしれない。
自分が残る罪悪感を、救助計画へ混ぜて。
今は、地上にしかできない仕事がある。
「送気、時刻、帰還確認をここで持ちます」
「分かりました」
宮前さんは、それ以上慰めなかった。
午後五時十三分。
神代さんと成瀬さんが、北側点検口へ入った。
入域二。
地上待機、久世、宮前、真壁。
送気継続。
北側保守班三名、N7内側で待機。
久世は、自分を外した横線の下へ書き足した。
代替後尾候補、久世環。
代行、宮前紗季。
自分が残る計画と、自分が入る計画の両方を置く。
その上で、今回は地上に残った。
『第一曲路、通過』
神代さんの声。
『異常なし。成瀬、追従』
『追従。索、正常』
午後五時十七分。
予定より十秒早い。
「走ってませんよね」
『走ってない』
「成瀬さん」
『ぎりぎり歩行です』
「神代さん」
『歩幅が広いだけ』
速さを言い換えても、時刻はごまかせない。
俺が十秒を記録した直後、圧力監視盤が二度鳴った。
一度目は警告。
二度目は、予測線の更新。
久世の左手が時計へ伸びる。
「逆流圧、上昇率変更」
五時四十分に合わせていた針を、九分戻した。
「新しい遮断期限は、十七時三十一分です」
救助班は、もう迷宮の中にいた。




