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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第四事件 生配信は撤退を映さない

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22/31

無人の中継庫は、帰ってくる人へ椅子を向けていた

旧北側中継庫には、椅子が一脚だけ残っていた。


 扉ではなく、迷宮へ続く保守通路の方を向いている。


「座りますか」


 神代さんが聞いた。


「座りません」


「顔色が悪い」


「六年分の埃をかぶった椅子へ人を座らせる判断は、補給計画にありません」


「なら正常」


 健康確認の基準が雑だった。


「どちらも触らないでください」


 佐伯さんが、俺と神代さんをまとめて止める。


 午前十時十二分。


 国の再調査室と灰岳市の立ち会いで、旧北側中継庫の封印を開いた。


 正面ゲートから北へ二百メートル。迷宮外壁に沿った半地下の小部屋だ。保守通路を使えば、第二区画の北第三保守線へ入れる。


 六年前の事故後に封鎖され、設備撤去の対象からも外れた。


 公式には、使われていない倉庫だったからだ。


「最終計画で、ここへの配置はなし」


 宮前さんが確認する。


「はい」


 俺が答えた。


「人員削減で、帰路中継の担当を外しました。物資も南の地上本部へ集約した」


「なのに、十二本目がここへ運ばれた」


「方向だけです。中へ入ったとは、まだ決まっていません」


 佐伯さんが頷く。


「その言い方を維持してください」


 分からないことを分からないまま運ぶ。


 この人の仕事は、やはり補給に近い。


 室内は、三畳ほどだった。


 金属棚。


 折り畳み机。


 壁掛けの有線中継器。


 毛布の箱。


 水筒を置く低い台。


 そして、保守通路へ向いた椅子。


「倉庫に見えます」


 宮前さんが言う。


「物があるからでは」


「置き方です」


 俺は入口から動かず、指で順番を示した。


「通路から戻った人間を、まず椅子へ座らせる。左手で水。正面で顔色と意識。右手の毛布で保温。机の端末で人数を照会する」


 神代さんが椅子の背後へ回る。


「座った人からは、出口が見える」


「迷宮側も見えます。次に帰る人間を待つためです」


「店のカウンターと同じ」


「帰路亭には、もう少し客席があります」


「一脚でも、仕事は同じ」


 返しに困った。


 六年前、俺が最初に作った配置図もこの向きだった。


 帰還者を受け入れ、人数を照合し、必要なら地上本部へ送る。


 最終版では削除した仕事だ。


 それが、誰かの手で組み直されている。


「事故後に調査員が動かした可能性は」


 佐伯さんが聞く。


「あります」


「当時の室内写真と比べます」


 革鞄から、事故翌日の写真が出てくる。


 机の傷。


 棚の位置。


椅子の向き。


すべて同じだった。


神代さんが、椅子の脚元へしゃがむ。


「床、ここだけ色が違う」


埃の下に、半円形の擦れ跡があった。


椅子を保守通路へ向け、誰かが来るたび机側へ引き戻す。その動きを繰り返さなければつかない傷だ。


「使われていた」


「可能性は上がりました」


「真壁が作った配置?」


「最初の案は」


最終版からは、俺が消した。


必要がなくなったからではない。人を置けなくなったからだ。


残った誰かは、削られた仕事だけを拾い直した。


六年間の封印より前から、この部屋は帰ってくる人間の方を向いていた。


 ただし、部屋の向きだけでは人がいた証拠にならない。


 俺は写真の隅にある、小さな黒い箱を見た。


「廃棄物箱を確認できますか」


「理由は」


「受け入れ机から手を伸ばせる位置にある。ここで何かを開けたなら、外へ捨てに行く必要がない」


 佐伯さんが市の記録担当へ合図する。


 撮影。


 手袋。


 封印解除。


 箱の蓋が開く。


 乾いた紙コップが二つ。


 消毒綿の袋。


 白い封印帯。


 そして、深層行動食の空袋が一つ。


 神代さんが息を止めた。


「十二本目?」


「まだです」


 俺と佐伯さんの声が重なった。


 佐伯さんが、空袋の製造番号を読む。


 製造ロットは、映像にあった十二本と一致した。


 個体番号も、物資引渡記録にある十二本のうち一つ。


 だが、映像のどの一本かまでは読めない。


「公式隊の誰かが、出発前にここで食べた可能性」


 宮前さんが言う。


「残ります」


「地上班が余りを食べた可能性」


「残ります」


 佐伯さんは、結論欄を空白にした。


 空袋がある。


 同じロットである。


 それ以上は、まだ書かない。


 神代さんが、壁の中継器を見る。


「こっちは動く?」


「電源は落ちています」


「当時は」


「それを調べます」


 中継器は古い有線式だった。


 音声そのものは保存しない。回線を開いた時刻と、接続先だけを紙テープへ打刻する。


 中央管制へ送らなければ、中央の記録には残らない。


 その紙テープが、側面の透明窓に巻かれたままだった。


「動かさず読めますか」


「窓の範囲だけなら」


 懐中電灯を斜めから当てる。


 数字の列。


 事故当日の午前六時二十一分、電源投入。


 六時二十二分、地上本部との試験接続。


 それから七時間、記録は空いていた。


 午後一時二十二分。


 受話器が上がっている。


「折り返し限界は」


 佐伯さんが聞いた。


「午後一時二十分」


「二分後」


「はい」


 予定どおりなら、深層隊が帰路へ入ったかを確認する時刻だ。


 配置のない倉庫で。


 誰もいないはずの回線が。


 帰還が遅れた最初の二分を拾っている。


「接続先は」


 宮前さんが聞く。


 打刻番号を読む。


 北第三保守線。


 最終計画では、閉鎖済みと記載した回線だった。


 俺が書いた番号だ。


「名前は、まだ足さない」


 神代さんが言った。


 第21話で、俺が佐伯さんへ言った言葉だった。


「分かっています」


「なら、今分かった仕事は?」


 俺は、通路へ向いた椅子を見る。


「事故当日の午前六時二十一分から、少なくとも午後一時二十二分まで、ここを使った人間がいた」


「何をしていた」


「帰還受け入れです」


 水と毛布を置き、行動食を一つ開け、折り返し限界を二分過ぎても受話器を取った。


 保管ではない。


 待機でもない。


 帰ってくる人間を迎える補給の仕事だ。


佐伯さんが、結論欄へ書く。


旧北側中継庫は事故当日に稼働。


無記名の少なくとも一名が帰還受け入れを実施。


深層行動食一袋は同室で開封。十二本目との同一性は継続調査。


「追う先は、回線の向こうです」


 宮前さんが言う。


「閉鎖済みの北第三保守線を、誰が使える状態へ戻したか」


 佐伯さんは紙テープへ視線を戻した。


「もう一つあります」


 午後一時二十二分の打刻の横。


 細い赤線が一本、手書きで引かれていた。


 回線番号の訂正ではない。


 旧い補給員の記号だった。


 帰還者あり。


 ただし、人数未確認。


 椅子は最後まで、迷宮側を向いていた。

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