再生数ではなく、帰ってきた人数を数える
帰還確認端末は、同じ時刻に二つの出来事を表示していた。
地上へ近づく一ノ瀬レオ。
迷宮の奥を歩く一ノ瀬レオ。
一人は現在。
一人は十八分前。
どちらも映像と記録の上では本物だった。
必要なのは、画面の正しさを決めることではない。
地上へ帰ってきた本人を数えることだ。
「救助隊、旧送風室へ到達」
国見さんが赤いペンで時刻を書く。
午後四時五十二分。
『扉を開ける』
神代さんの声。
帰還確認端末に、札が一枚ずつ現れる。
市の救助員。
もう一人。
消防隊員。
神代凛花。
一ノ瀬レオ。
桐谷拓斗。
六枚。
「扉、開放!」
旧送風室から救助隊が出る。
先頭は市の救助員。
次に消防隊員。
担架へ固定された桐谷さん。
その横を、一ノ瀬さんが歩く。
顔色は悪い。
白い装甲は泥だらけ。
スポンサー端末だけがなくなっていた。
最後に神代さん。
彼女は境界線を越えると、俺を見た。
「六人」
「確認します」
「先に言ってもいいでしょ」
「数えるのは二人でやった方がいい」
神代さんが救助隊を指す。
俺が名前を読む。
「中村さん」
「はい」
「藤岡さん」
「はい」
「三田さん」
「はい」
「神代さん」
「いる」
「一ノ瀬さん」
「います」
「桐谷さん」
担架から手が上がった。
「います。カメラは、いません」
「機材は人数へ含めません」
「二千万円なのに」
「何度聞いても、人より安いです」
一ノ瀬さんが笑った。
そのまま膝をつく。
医療班が支える。
低血糖。
脱水。
風術式の過剰使用。
重傷ではない。
だからといって、放置していい状態でもない。
「反省会は」
「食べたあと」
神代さんが答える。
「本人へ聞いています」
「同じ」
一ノ瀬さんが苦笑する。
「従います」
午後四時五十四分。
配信班六名の帰還札が、すべて緑へ変わった。
一ノ瀬レオ。
本郷芽衣。
安西正人。
桐谷拓斗。
塚本航平。
牧野由佳。
六名入域。
六名帰還。
救助隊も四名入域、四名帰還。
合計十名。
視聴者数は、待機画面の間に十二万を超えていた。
俺はその数字を記録しなかった。
帰還人数ではないからだ。
十八分前の監視画面では、一ノ瀬さんがまだ西保守路を歩いている。
午後五時十二分。
映像内の彼も、ようやく神代さんと接触した。
過去が現在へ追いつく。
そこで主カメラの電池が切れた。
無人の通路が暗くなる。
配信事故は、映像より先に終わっていた。
午後六時。
帰路亭に、配信班六人と地上スタッフが集まった。
桐谷さんの左足首は捻挫。
骨折なし。
左脇腹に機材が当たった打撲。
医療班から、座位と食事の許可が出た。
「甘いもの」
牧野さんが言った。
「桐谷は温かい甘いものが好きです」
「覚えています」
かぼちゃのポタージュ。
柔らかいパン。
蜂蜜を少し。
治療ではない。
治療を受けた人間が、身体を戻すための食事だ。
「うまい」
桐谷さんが一口飲んで言う。
「カメラ回ってないの、もったいない」
「食べるところを撮る必要はありません」
「配信者に向いてないですね、店主さん」
「食堂店主なので」
「それ、見てる人に受けてました」
「見られていたんですか」
「出発前の撮影、もう切り抜かれてます」
「削除依頼を」
「十二万再生です」
「帰還人数ではありません」
桐谷さんが笑う。
足首を動かして痛み、すぐに真顔へ戻った。
「動かさないでください」
「はい」
一ノ瀬さんには、鶏そぼろ丼。
大盛り。
神代さんも同じものを注文した。
「救助したから」
「一杯です」
「共同責任者」
「一杯です」
「鍵を返す」
「脅しに使わないでください」
「大盛りでいい」
交渉成立。
午後六時四十分。
配信会社の責任者とスポンサー担当が到着した。
国見さんは、赤と青の進行表を机へ置く。
「事故映像は公開しません」
責任者が言った。
「帰還報告だけ撮り直します。通信機器の一時的不調として」
「十八分遅れていました」
国見さんが答える。
「安全上の遅延です」
「私たちは九十秒だと説明されていました」
「各設備の仕様を合計すれば分かることです」
「合計した書類はありますか」
責任者が黙る。
「ありませんでした」
国見さんが続ける。
「現場への進行指示も同じ回線でした。私が午後三時二十四分に出した指示は、事故後の一ノ瀬へ届いた」
「それを公開すれば、番組も会社も終わります」
「隠して、次も生配信と呼ぶ方が終わります」
一ノ瀬さんが椅子から立つ。
まだ少しふらつく。
桐谷さんが撮影端末を向けた。
「怪我人が撮らないでください」
「固定してます。僕はボタンを押すだけ」
「それも仕事だと?」
「これは、帰ってからの仕事です」
反論しにくい。
国見さんが赤と青の進行表をカメラの横へ置く。
一ノ瀬さんは、配信用の笑顔を作らなかった。
『灰岳迷宮広報配信について、報告します』
待機中だった公式配信が再開する。
視聴者数が一気に増える。
『映像は十八分遅れていました。僕たち現場班も、地上班も、正確な合計遅延を共有していませんでした』
責任者が止めようとする。
スポンサー担当が腕を掴んだ。
もう映っている。
『帰還橋が崩落し、撮影担当が負傷しました。僕は配信を優先する指示を受け取りました。ただし、その指示は事故前に出されたものです』
一ノ瀬さんは、自分の判断も隠さない。
『僕は出発前、桐谷の機材が重いと分かっていました。食事を取れていないことにも気づきました。それでも、番組を止めませんでした』
桐谷さんがレンズの後ろで、何も言わない。
『結果として、桐谷拓斗が負傷しました』
名前を呼ぶ。
『本郷芽衣。安西正人。塚本航平。牧野由佳。桐谷拓斗。そして僕、一ノ瀬レオ』
六人。
『地上進行の国見沙羅。救助に入った神代凛花と、市・消防の救助員。帰還計画を作った帰路亭の真壁修司』
「俺まで必要ですか」
小声で言う。
神代さんが頷いた。
「必要」
配信には入っていない。
『全員、帰還しました。事故映像と未編集ログは、時刻情報を残したまま公開します。安全だったように撮り直すことはしません』
一ノ瀬さんが頭を下げる。
『見ていた人数ではなく、帰ってきた人数を数えます。今日は六人です』
配信を終える。
店内は静かだった。
すぐに、桐谷さんが言う。
「僕、ちゃんと名前出ましたね」
「嫌だった?」
一ノ瀬さんが聞く。
「逆です。いつも、撮影って一行なので」
「次から毎回出す」
「機材費も」
「それは交渉する」
笑いが起きた。
事故は消えない。
負傷も、判断の遅れも、契約違反も残る。
それでも、誰の仕事だったかを名前で残せる。
その夜の食事は、六人分すべて空になった。
神代さんの大盛りも、一杯で足りた。
午後八時十二分。
片づけを終えた俺は、カウンターに二杯の茶を置いた。
神代さんは、帰る気配がない。
「今日も泊まりませんよね」
「泊まったことない」
「閉店後までいる回数は増えています」
「鍵を持ってるから」
「理由になっていません」
「夕食のあとに茶が出た」
「二杯淹れたので」
「理由になってない」
言い返された。
正しい。
俺は自分の茶を飲む。
「次の配信も、ここから出るそうです」
「次があるの?」
「事故検証を公開する配信です。遅延時刻を常時表示し、現場指揮は独立回線へ移す」
「一ノ瀬は出る?」
「出るそうです」
「強い」
「Sランクの神代さんが言いますか」
「戦う強さじゃない」
湯気の向こうで、神代さんが言った。
「失敗した場所に、名前を出して戻る強さ」
俺は答えなかった。
六年前、俺はそれができるまで六年かかった。
端末が鳴る。
公式配信の情報提供窓口へ、一件の動画が届いていた。
件名は『父の古い映像に、灰岳迷宮が映っています』。
「今日の事故映像ではありません」
撮影日は、六年前。
第六層撤退事故の朝。
出発する東都開発の遠征隊を、迷宮前の道路から撮った短い映像だった。
画面の中を、補給台車が通る。
箱の側面に、俺が書いた品目番号。
深層行動食。
一本ずつ、白い封印帯が巻かれている。
「止めて」
神代さんが言った。
台車が正面を向いた瞬間で止める。
箱の上に、行動食が並んでいた。
一列に六本。
二列。
十二本。
俺は何度も数えた。
遠征隊の公式人数は十一人。
死者も十一人。
補給計画の最終版も、十一人分だった。
「予備では」
神代さんが聞く。
「深層行動食に予備は積みません。重量が大きい。予備食は別の高密度パックです」
「なら、十二人いた?」
「分かりません」
映像だけでは断定できない。
誤積載かもしれない。
交換用かもしれない。
俺の知らない計画変更かもしれない。
ただ、六年前の俺なら見逃さなかった。
出発する人間の数と、帰すための食料の数。
それだけは必ず合わせた。
十一人の遠征。
十二人分の行動食。
映像の端に、台車を押す手が映っている。
制服の袖だけ。
顔は、車両の陰だった。
神代さんが、俺の隣へ椅子を寄せる。
「数え直す?」
「はい」
今度は、死者の数からではない。
あの日、出発した人間から数える。
俺は十二本目の行動食へ、赤い印をつけた。




