救助中につき、スポンサー紹介は中止です
一ノ瀬レオは、スポンサー進行ボタンを押した。
地上スタジオの全員が息を止める。
画面に、提供企業のロゴが出た。
白い装甲。
風術式用の双短剣。
高耐久撮影機材。
一ノ瀬さんは、そのロゴを一つずつ見た。
それから、カメラへ顔を向けた。
『本日のスポンサー紹介は、中止します』
国見さんが目を見開く。
『帰還橋が崩落。撮影担当一名が負傷。救助と撤退を優先します』
白い装甲の胸から、スポンサー送信端末を外す。
『これは予定どおりの演出ではありません。安全になったところだけを見せる番組でしたが、安全ではないところにいます』
桐谷さんが声を出す。
『レオさん、契約』
『帰ってから違約金を払う』
『高いですよ』
『再生数で割れば安い』
冗談の形をしていた。
顔は笑っていない。
『救助中につき、スポンサー紹介は中止です』
端末を切った。
映像は主カメラだけになる。
一ノ瀬さんは、桐谷さんの背中から撮影背嚢を下ろした。
『待って』
『二十七キロ』
『二十六・八です』
『細かい』
『機材なので』
『人間を持つ。機材は置く』
『僕の仕事が』
『お前の仕事は、帰ってから編集すること』
一ノ瀬さんが、自分の糖質パックを桐谷さんへ渡す。
『飲め』
『レオさんの分です』
『俺は弁当食った』
『半分、本郷さんに』
『見てたのかよ』
『撮影担当なので』
桐谷さんは糖質パックを半分飲み、一ノ瀬さんへ返した。
二人で一本。
平等ではない。
必要量にも足りない。
だが、ゼロよりはいい。
一ノ瀬さんが撮影背嚢を壁へ立てかけた。
レンズを、西保守路の三角印へ向ける。
『ここへ置きます』
桐谷さんが言う。
『拾えるなら、帰りに』
『命令するな』
『撮影担当なので』
映像が固定される。
一ノ瀬さんの腕部端末には、安全記録用の低解像度カメラが残る。
配信用ではない。
同じ中継網を通るため十八分遅れるが、移動方向と姿勢だけは地上監視へ送られる。
画面の中で、一ノ瀬さんは桐谷さんを背負った。
白い装甲と、黒い撮影服。
二人分の重さで立ち上がる。
西保守路へ入り、画面から消えた。
配信の主映像には、無人の通路だけが残った。
「赤、午後四時十五分」
国見さんが言う。
「青、午後三時五十七分。一ノ瀬と桐谷、西保守路へ移動開始」
「神代さんの現在地」
『第二分岐』
救助回線から返答。
「赤、午後四時十五分。救助隊、第二分岐」
「二班の距離は」
羽鳥さんが紙地図へ指を置く。
「最短で四百メートル。でも、西保守路は途中で上下に分かれる」
「一ノ瀬さんは道を知りません」
「風で選べる」
「説明を」
「地上へ抜ける方から、空気が降りてる。止まって感じれば分かる」
「負傷者を背負い、風術式を使ったあとです」
「だから、こっちから風を送る」
羽鳥さんが旧送風室を示す。
「地上のファンは生きていますか」
設備担当が確認する。
「予備電源で一基だけ」
「最低出力で起動。神代さん側から一ノ瀬さんへ向けて空気を流します」
「粉塵が上がります」
「三十秒だけ。方向が分かればいい」
午後四時十七分。
旧送風機を起動。
地上の大きな羽根が、六年ぶりに回る。
風量は弱い。
それでも、迷宮の静かな保守路では十分だった。
『風が来た』
神代さんが言う。
「三十秒で停止します。風下へ進んでください」
『了解』
「一ノ瀬さんたちは風上を選ぶはずです」
『選ばなかったら?』
「そのときは迎えに行く距離が増えます」
『分かりやすい』
午後四時十九分。
入口の帰還確認端末が鳴った。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
東退路から、本郷さん、安西さん、塚本さん、牧野さんが帰還した。
全員、自力歩行。
本郷さんの右手に擦過傷。
安西さんの盾に亀裂。
塚本さんは中継器を一台放棄。
牧野さんは進行表を握ったまま泣いていた。
「一ノ瀬と桐谷は!」
国見さんが駆け寄る。
「橋の西です」
安西さんが息を整える。
「一ノ瀬が、俺たちを帰した。桐谷を引き上げて、西へ戻った」
「負傷は」
「桐谷の左足。一ノ瀬は風を使った」
「食料を渡せましたか」
「橋の向こうです」
予想どおりだった。
「四名、帰還確認。医療班へ」
俺はホワイトボードの四人を緑で囲う。
残り二人。
救助隊四人。
迷宮内は六人。
「私たちだけ帰ってきて」
牧野さんが言う。
「一ノ瀬さんの判断です」
「でも」
「待つ側にも仕事があります」
「何を」
「二人が帰ったとき、誰が何を食べられるか教えてください」
牧野さんは涙を拭いた。
「レオさんは、辛いもの。桐谷は、温かい甘いものが好きです」
「アレルギーは」
「二人とも、ありません」
「では、医師の許可が出たら出します」
役割を持った人間は、待つだけの人間より少し呼吸が楽になる。
午後四時二十五分。
神代さんから連絡。
『西保守路、下段分岐。血痕あり』
「量は」
『少ない。左側の壁。二人分の足跡』
「進行方向は」
『風上』
正しい道を選んでいる。
「距離、百六十メートル」
羽鳥さんが言う。
「その先で通路が狭くなる。人を背負ったまま通るのは無理」
「迂回路は」
「ない」
『聞こえた』
神代さんが答える。
『私が前から引く。後ろで消防が支える』
「一ノ瀬さんへ、先に食料を」
『了解』
救助隊が進む。
画面には、十八分前の無人通路。
壁へ置かれた主カメラが、誰もいない西保守路を映し続けている。
視聴者には配信停止画面。
地上の俺たちには過去。
現在にいる二人を見ているのは、帰還札の弱い反応と、血痕と、足跡だけだった。
午後四時三十一分。
『声がする』
神代さんが言った。
『一ノ瀬!』
遠くで、返事。
『こっちだ! 桐谷が動けない!』
「接触時刻、赤の午後四時三十一分」
国見さんが書く。
映像内時刻は、午後四時十三分。
画面の過去では、一ノ瀬さんがまだ現れない。
救助回線の現在では、神代さんが二人を見つけた。
『桐谷、意識あり。左足首、腫れ。出血少量。一ノ瀬は歩ける。かなり消耗してる』
「糖質パックを半分ずつ。水は少量。桐谷さんの足首を固定」
『了解』
「撮影機材は」
一ノ瀬さんの声が入った。
『置いてきた』
「正しい判断です」
『二千万円です』
桐谷さんが言う。
「人より安い」
『それ、レオさんにも言われました』
「学習が速くて助かります」
『真壁』
神代さんが呼ぶ。
「何です」
『帰る。六人で』
救助隊四人。
救助対象二人。
「午後四時三十六分、帰還開始」
俺は六人分の予定帰還線を、赤で引いた。
十分後。
帰還確認端末に、六枚の札が地上へ近づく表示が出た。
同じ時刻。
監視画面の十八分前では、一ノ瀬さんがまだ暗い通路で桐谷さんを背負っている。
現在と過去が、初めて同じ方向へ歩いていた。




