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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第四事件 生配信は撤退を映さない

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18/21

生配信は、十八分前を歩いていた

 生配信には、時計が二つあった。


 人間がいる時刻。


 視聴者が見ている時刻。


 十八分ずれた二つを同じ紙へ書けば、また誰かを過去へ置いていく。


「赤を現在。青を放送にします」


 国見さんが進行表を裏返した。


 赤いペンで、午後三時五十六分。


 青いペンで、午後三時三十八分。


「以後、指示は赤。映像確認は青。時刻を言うときは必ず色も言ってください」


 声はもう震えていなかった。


「配信班は二班に分離。東側四名、西側二名。赤の現在地は不明」


「青の映像では、事故直後」


「その映像から十八分間に可能な移動を出します」


 国見さんが地図を広げる。


 番組を予定どおり進めるための進行表が、人を帰すための時刻表へ変わった。


 紙は、使う人間が変われば役目も変わる。


「東側四人は」


 宮前さんが帰還札のログを読む。


「十五時三十一分に東第二中継器を通過。遅延は……」


「青ですか、赤ですか」


「分かりません」


「なら、未確定欄へ」


 国見さんが書く。


 以前なら、予定表に未確定と書くことを嫌った人だろう。


 いまは、分からないものを分からないまま置けている。


 安全管理では、それが強さになる。


「配信サーバーへ届いた時刻は十五時四十九分です」


「十八分引けば、現場通過は十五時三十一分。赤」


 東側四人は、東退路を進んでいる。


 通常なら地上まで四十二分。


 負傷報告なし。


 安西さんが救急背嚢と予備食を持つ。


「東班は自力帰還を継続。救助隊は西班へ集中します」


 俺は言った。


「一ノ瀬さんと桐谷さんの位置は」


「帰還札が更新されません」


「撮影機材の通信は」


 国見さんが補助職員を見る。


「主カメラの映像は継続。ただし遅延。予備電池の管理信号が、十五時四十四分に一度」


「電池交換ですか」


「違います。背嚢が強く揺れたときの接触通知」


「受信時刻から十八分引く」


「現場時刻、十五時二十六分」


 事故の七分後。


 桐谷さんの撮影背嚢は、まだ動いていた。


 現在の生存証明にはならない。


「もっと新しい時刻を取ります」


 配信を止めた画面の横で、視聴者からの連絡欄が流れていた。


 事故を見た十万人ではない。


 通信調整中という文字を見ている十万人だ。


 それでも、止める直前の映像を保存した人がいる。


『壁の時計が十五時八分です』


『中継器のランプ、二回点滅してません?』


『REOの腕時計と配信時刻が違う』


 憶測も多い。


 役に立たない断定も多い。


 だが、映像そのものは使える。


「視聴者保存の動画を、受信順ではなく映像内の設備番号で並べてください」


「公式映像の無断保存です」


 配信会社の法務担当が言った。


「帰還後に権利処理してください」


 国見さんが答えた。


「いまは証拠保全です」


 保存映像に、崩落直前の西壁が映っていた。


 白い三角印。


 排水設備の点検記号。


「この印」


 俺は見覚えがある。


 だが、現在の設備図には載っていない。


 六年前の旧図面を開く。


 西保守路。


 帰還橋の下を通り、旧送風室へ抜ける細い排水路。


 閉鎖時に埋め戻されたことになっている。


「羽鳥さんへ連絡を」


「呼んだ?」


 本人が、帰路亭の入口から入ってきた。


 右足首にまだ薄い固定具。


 片手に紙の手帳。


「連絡はしていません」


「配信を見てた。通信調整中が長い番組は、だいたい調整以外が起きてる」


 正しい。


「西保守路を知っていますか」


 映像を見せる。


 羽鳥さんは紙の手帳をめくる。


「行った記憶はない」


「記録は」


「ある」


 即答だった。


 第2事件のあと、自分の記憶より紙を先に確認する癖がついている。


「第二層、西壁の三角。空気、東から西。水音あり。人一人、装備を下ろせば通れる」


「出口は」


「旧送風室。地上から逆向きに入れる」


「埋め戻しは」


「上だけ。横は空いてた、らしい」


 自分の字を読みながら言う。


「桐谷さんの撮影背嚢は通りません」


「捨てればいい」


 羽鳥さんと神代さんが同時に言った。


 意見が合うときだけ、迷いがない。


「西保守路まで、地上から何分」


「神代なら二十二分」


「走りません」


「走らなくて二十二分」


「あなたの基準も信用しにくい」


 羽鳥さんは笑った。


「私は地上で道を読む。まだ足首、治ってないから」


 自分から残ると言えた。


 それも第2事件のあとに得たものだろう。


 午後四時四分。


 神代さん、市の救助員二名、医療資格を持つ消防隊員一名が西保守口から入域する。


 四人。


 救助対象、二人。


 全員帰還時、六人。


「神代さん。桐谷さんは左足首負傷の可能性。撮影背嚢は放棄。一ノ瀬さんは風術式を一度、大出力で使用しています」


『糖質パックは』


「本人用一本。桐谷さんは昼食なし」


『二人分持った』


「確認しました。水は」


『六本』


「多い」


『帰りに二人増える』


 こちらの計算より先に、帰還人数を数えていた。


「そのままで」


『共同責任者権限?』


「今回は認めます」


『記録して』


「しています」


 救助隊が進む。


 国見さんは赤と青の時刻を更新する。


 赤、午後四時九分。


 救助隊、第一分岐。


 青、午後三時五十一分。


 配信映像では、崩落後の一ノ瀬さんが桐谷さんの足首を固定している。


 固定方法は正しい。


 だが、撮影背嚢をまだ下ろしていない。


『カメラを切れ、桐谷』


『僕の仕事です』


『生きて帰るまでが仕事だ』


『それ、店主さんの台詞みたい』


『いまは俺の台詞』


 一ノ瀬さんが笑おうとする。


 笑えていない。


 その腕部端末が鳴った。


 十八分前に国見さんが送った進行指示だった。


『REO班、視聴維持率が上がっています。帰還橋通過後、予定どおりスポンサー装備の紹介を。撤退判断はその後にします』


 事故前に送った言葉が、事故後へ届いた。


 地上の国見さんが息を止める。


「私の指示です」


「青の過去です」


 俺は言った。


「赤の現在へ訂正を送れますか」


「同じ回線なら、届くのは十八分後」


「一ノ瀬さんたちは、あと十八分、古い指示しか持たない」


 画面の一ノ瀬さんは端末を見ていた。


 カメラはまだ回っている。


 十万人が待つスポンサー紹介を続ければ、予定どおりの配信になる。


 カメラを切り、二十七キロの機材を捨て、桐谷さんを背負えば、探索者としての撤退になる。


 一ノ瀬さんは、白い装甲の胸元へ手を伸ばした。


 配信停止ボタンと、スポンサー進行ボタンが並んでいた。


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