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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第四事件 生配信は撤退を映さない

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17/20

映える弁当は、撤退食に向かない

 十八分前の映像は、未来を変えられない。


 ただし、現在を推測する材料にはなる。


「配信を止めます」


 国見さんが言った。


「待ってください」


「事故映像が出ます」


「公開は止める。受信は止めない」


「分かっています」


 返事が鋭い。


 国見さんは配信を待機画面へ切り替えた。


 視聴者には『通信調整中』の文字。


 地上スタジオの監視画面には、十八分前の映像を流し続ける。


 午後三時二十七分。


 映像内時刻、午後三時九分。


 六人は東回廊へ進んでいる。


 崩落が起きる十分前だ。


「緊急音声回線は」


「応答なし」


「帰還札」


「六枚とも活動中。ただし位置情報は中継器でまとめて送られるので、最終更新は十五時十二分」


「その時点の並びは」


 宮前さんが、地上管理所から端末を持ってくる。


「先頭から、一ノ瀬、本郷、安西、牧野、塚本、桐谷」


「映像と違います」


 画面では、桐谷さんが主カメラを持っている。


 映っているのは、一ノ瀬さん、本郷さん、安西さん、牧野さん、塚本さん。


 撮影者は最後尾。


 帰還札の並びでは、一ノ瀬さんが先頭だった。


「十五時十二分の位置情報は、何分遅れですか」


「分かりません」


 国見さんが唇を噛む。


「配信中継器と同じ網を使っています。九十秒だと」


「誰から説明を」


「配信基盤の担当です」


「今日、ここに?」


「本社です」


 安全を管理する担当者が現場にいない。


 よくある。


 危険は現場へ外注できるが、会議は本社から動かせない。


「独立して取れる時刻を集めます。映像に映る時計、加温表示、照明の自動点灯、中継器の電池交換」


「食事も?」


 宮前さんが聞く。


「食事は、人間が止まった時刻を残します」


 国見さんが進行表を広げる。


「十五時、第二休憩所で昼食。十五時十五分、移動再開。十五時二十八分、帰還橋。十五時四十分、折り返し判断」


「実際の映像では」


「食事開始が十四時四十二分」


 国見さんの顔が固まった。


「画面へ重ねた時刻だけ、十五時でした」


「十八分ずれています」


「なぜ」


 中継補助の職員が配信経路を表示する。


「第一中継器で四分。第二で六分。地上編集で八分」


「合計十八分」


「それぞれの担当は、自分の設備分しか申告していません」


「足し算を担当する人はいなかった?」


 神代さんが聞く。


 誰も答えない。


 配信視聴者は、十万人。


 遅延を足す担当者は、ゼロ人。


「現場の進行指示も、配信回線へ返していた?」


「はい」


 国見さんが答える。


「九十秒のつもりで」


 地上からの指示も十八分遅れて届く。


 現場からの返答も十八分遅れて戻る。


 会話ではない。


 三十六分かけた伝言だった。


「折り返し指示は、まだ現場へ届いていません」


 国見さんが呟く。


「午後三時二十四分に出した。届くのは三時四十二分」


「橋が落ちた二十三分後です」


 画面の中で、一ノ瀬さんが足を止めた。


 映像内時刻、午後三時十四分。


『桐谷、食べた?』


 主カメラが小さく横へ振れる。


『移動しながら』


『嘘。弁当、背嚢に入ってるだろ』


『次の休憩で食べます』


『国見さん、五分止めます』


 国見さんの過去の声が入る。


『進行が押しています。帰還橋を渡ってから休憩にしてください』


 一ノ瀬さんがカメラを見る。


 笑顔を作る。


『了解。じゃあ橋の向こうで、最高の景色と一緒に食べよう』


 映像内では、軽い会話だった。


 地上の国見さんは、椅子へ手をついた。


「私が、進ませた」


「反省は六人を帰してからです」


「桐谷は、朝から何も」


「朝食は?」


「撮影準備で、コーヒーだけ」


「昼食も未摂取。二十七キロの背嚢。入域から一時間半」


 低血糖。


 疲労。


 判断力低下。


 転倒すれば、重い機材が身体を引く。


「行動食は六本あります」


「安西の救急背嚢です」


「隊列の三番目」


 桐谷さんは最後尾。


 橋が落ちたとき、離れている。


「弁当は?」


 神代さんが聞く。


「桐谷さんの撮影背嚢。加温済みです」


「食べられる?」


「止まって蓋を開け、箸で食べれば」


「撤退中には」


「向きません」


 見栄えを整えるため、四つに仕切った箱。


 だし巻き卵が崩れない硬い蓋。


 湯気を映す加温袋。


 平地で十五分座る前提の食事だ。


 歩きながら片手で摂れる糖質パックではない。


 俺が配信の画へ合わせて、普段より弁当らしく作った。


 誰かに強制されたわけではない。


 六人分の食事を用意して、六人目がいつ食べるかまで確認しなかった。


「俺の判断です」


「真壁さん」


「あとで記録します。今は、残っている物を数える」


 予備食六本。


 安西さんの背嚢。


 水は各自二本。


 桐谷さんは一本未開封。


 一ノ瀬さんは自分の糖質パックを一本持っている。


 午後三時三十七分。


 映像内時刻、午後三時十九分。


 帰還橋が見えた。


 一ノ瀬さんが先に渡る。


 本郷さん。


 安西さん。


 牧野さん。


 塚本さん。


 五人が東側へ着く。


 最後に桐谷さんが踏み出す。


『待って』


 一ノ瀬さんが振り返った。


 床面の灰が、上へ浮いている。


 構造変動の直前兆候。


『桐谷、戻れ!』


 橋が落ちた。


 映像が傾く。


 石壁。


 暗い縦穴。


 桐谷さんの呼吸。


 カメラが何かへ激突する。


 画面が一度、黒くなった。


「帰還札は!」


「六枚、活動中!」


 宮前さんが答える。


 ただし、その活動確認も何分前か分からない。


 映像が戻る。


 桐谷さんは、崩れた橋の西側へぶら下がっていた。


 命綱が欄干の残骸へ絡んでいる。


 左脚が不自然な角度で壁へ当たっていた。


『カメラ、壊れてない』


 桐谷さんが言う。


『桐谷! 手を離すな!』


 一ノ瀬さんの声は東側から聞こえる。


 十メートルの断絶。


 下は見えない。


『レオさん、先に四人を』


『黙ってろ』


 一ノ瀬さんが助走を取った。


 風が白い装甲を包む。


 東側から跳び、落ちた橋の残骸へ着地。


 桐谷さんの命綱を掴む。


『安西! 四人を東退路へ! 俺は桐谷を西へ戻す!』


『二手になります!』


『橋がない! 全員ここで待つ方が危険だ!』


 判断は正しい。


 東側の四人には、予備食と救急具がある。


 西側の二人には、撮影機材と冷めた弁当。


 一ノ瀬さんが風で桐谷さんを持ち上げる。


 西側の床へ引き戻した。


 着地した瞬間、膝をつく。


 風術式を一度で大きく使った。


 呼吸が速い。


『桐谷。脚は』


『左の足首。動かすと、かなり』


『カメラを下ろせ』


『まだ回ってます』


『だから何だ』


『十万人、見てる』


『いま見てるのは十八分後だ』


 一ノ瀬さんは、遅延を知っていた。


 現場の中継器に表示されていたのだろう。


 地上へ伝えようとして、届かなかった。


『誰も、いまのお前を見てない』


 声が震える。


『だから俺が見る。カメラを捨てろ』


 桐谷さんは動かない。


 画面の端に、崩落した帰還橋が映る。


 西側から入口へ戻る唯一の橋だった。


 現在時刻は、午後三時五十五分。


 俺たちが事故を見るまでの十八分で、帰還橋は完全に崩れ落ちている。


 二人はもう、来た道では帰れなかった。


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