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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第四事件 生配信は撤退を映さない

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16/20

十万人が見ていても、帰還人数は増えない

 十万人に見守られていれば、遭難しない。


 そう考えた人間が、灰岳迷宮で生配信を始めた。


 理屈としては、傘を十万人で眺めれば雨が降らない、と同じくらい頼りない。


「真壁さん。もう少し笑顔でお願いします」


 カメラの向こうから言われた。


「食事の説明に笑顔は必要ですか」


「安心感が違います」


「消費期限の方が安心に直結します」


「そういうところ、すごくいいです。もう一回お願いします」


 撮り直しになった。


 午後一時十四分。


 帰路亭は、灰岳迷宮再開広報配信の出発地点になっていた。


 公式名称は長い。


 画面上では『REOと行く! 生配信・安全になった灰岳迷宮』と表示されている。


 安全になったかを確認する配信で、安全になったと言い切るのは順序が逆だ。


 広報では、順序より文字数が優先されるらしい。


「本日の行動食です」


 俺はカメラへ弁当を見せた。


「鶏そぼろ、塩むすび、だし巻き卵。加温袋は赤い線まで水を入れ、十五分以内に食べてください」


「見た目のポイントも」


「茶色いです」


「ほかに」


「茶色い食事は、迷宮内で裏切りにくい」


 撮影担当の桐谷拓斗さんが、カメラの後ろで噴き出した。


 細身の身体に、撮影背嚢が大きすぎる。


 胸部カメラ、予備レンズ、電池、中継器。


 申告重量は二十七キロ。


 本人の戦闘資格はDランク。


 撮影機材は、負傷しても自分で帰ってくれない。


「店主さん、最高」


 画面の主役、一ノ瀬レオさんが笑う。


 二十六歳。


 Aランク探索者。


 配信名はREO。


 金茶の短髪と白い軽装甲は、迷宮前でもよく目立つ。


「茶色い弁当、僕は好きですよ。映えないけど、うまそう」


「食べきれるものを優先しています」


「僕、食べます。ちゃんと全部」


「配信中でも、食事時間は止まってください」


「止まると視聴者が減るんですよ」


「動き続けると、帰還者が減ります」


 一ノ瀬さんの笑顔が、一秒だけ止まった。


 カメラの赤い灯りが消える。


「そこ、使っていいですか」


「事実なので」


「いいなあ。僕が言うと説教臭くなるんですよね」


 配信が切れた途端、声が落ち着いた。


「桐谷。背嚢、重くない?」


「大丈夫です」


「昨日より三キロ増えてる」


「予備電池です。今回は止められないので」


「一個、俺が持つ」


「レオさんの装備重量が規定を超えます」


「じゃあ安西さん」


「俺は盾があります」


 警護担当の安西正人さんが答える。


「帰ってきたら、機材構成を変えましょう」


 国見沙羅さんが進行表から目を上げずに言った。


「今回はもう重量申請が通っています」


「帰ってきたら、ですね」


 一ノ瀬さんが桐谷さんを見る。


「約束」


「はい」


 画面の中では軽い人間でも、カメラの外では人数を見ている。


 俺は一ノ瀬レオという探索者への評価を、一段だけ上げた。


 配信班は六人。


 一ノ瀬レオ、先導。


 本郷芽衣、術式解説。


 安西正人、警護。


 桐谷拓斗、主カメラ。


 塚本航平、中継技師。


 牧野由佳、現場進行。


 六枚の帰還札。


 六食の弁当。


 水、十二本。


 予備食、六本。


 地上進行は国見さん。


 帰路亭と迷宮入口の間に仮設された配信スタジオから、映像と安全確認を管理する。


「遅延は」


 俺は聞いた。


「安全上、九十秒です」


 国見さんが答える。


「不適切な映像や事故があれば、配信を止めるための猶予です」


「現場指揮は別回線?」


「もちろん。救助判断には位置情報と有線音声を使います。配信画面は広報用です」


「なら問題ありません」


 その時点では、そう判断した。


 午後一時四十分。


 六人が入域する。


 第一層と第二層の指定経路を一周。


 帰還予定、午後五時。


 折り返し限界、午後三時四十分。


 構造変動があれば即時撤退。


 規則は明確だった。


 配信は順調に始まった。


『さあ、ここからが灰岳迷宮です!』


 一ノ瀬さんが胸部カメラへ笑う。


『二十年前に現れ、六年前から閉鎖されていた場所。今日は安全再開へ向けた現在の姿を、隠さずお見せします』


 視聴者数、一万二千。


 三万。


 五万。


 数字が上がるたび、地上スタッフの声も上ずる。


 午後二時二十分。


 六人は第一中継所を通過。


 午後二時五十分。


 第二層の灰角鶏営巣跡。


 本郷さんが魔素濃度を解説する。


 安西さんは画面の外側を警戒。


 桐谷さんの映像は安定していた。


 予定どおり。


 視聴者数、十万一千。


「十万人です!」


 地上スタッフが拍手する。


 国見さんがヘッドセット越しに言う。


「現場、十万を超えました。次の食事場面、予定どおりお願いします」


『了解。十五時ちょうど、第二休憩所』


 一ノ瀬さんの音声が返る。


 午後三時。


 画面の六人が弁当を開けた。


 加温袋へ水を入れる。


 蒸気が上がる。


『これが帰路亭特製、茶色いけどうまい弁当です!』


「茶色いは余計です」


 俺の声は配信へ入らない。


 神代さんだけが隣で頷いた。


「実際、茶色い」


「味に影響はありません」


「私は好き」


「聞いていません」


 画面では、一ノ瀬さんと本郷さんが食べる。


 安西さんも座る。


 牧野さんが進行表を見ながら箸を動かす。


 塚本さんは中継器を調整。


 桐谷さんだけ、カメラの後ろにいる。


「六人目は食べていますか」


「交代で食べます」


 国見さんが答えた。


「十五分の休憩枠です。後半で桐谷を画面に入れます」


 十五分後。


 配信は再開した。


 桐谷さんが食べる場面はなかった。


「予定変更ですか」


「押しています。移動しながら食べさせます」


「加温後十五分を過ぎています」


「冷めても食べられますよね」


「食べにくくなります」


「配信後に休憩を追加します」


 配信後。


 便利な言葉だ。


 帰還後と同じで、それまで身体が待ってくれる保証はない。


 午後三時二十四分。


 第二層の圧力監視が一度跳ねた。


 地上管理所から構造変動注意が入る。


「現場へ撤退準備を」


 俺は言った。


「基準値以下です」


 国見さんが数値を見る。


「配信画面でも、問題ありません」


 画面では一ノ瀬さんたちが、第二休憩所から東回廊へ歩いている。


 壁も床も安定している。


「配信ではなく、有線音声を」


 国見さんが現場回線を開く。


「REO班、圧力変動を確認。現在地を報告」


 返答なし。


「REO班?」


 画面の一ノ瀬さんは、笑っている。


『この先には、再整備された帰還橋があります!』


「音声回線の不調です」


 塚本さんの地上補助が言う。


「映像は来ています」


「映像は安全確認に使わない契約でした」


 俺は時計を見る。


 午後三時二十六分。


 配信画面の隅に、一ノ瀬さんの弁当袋が映った。


 加温表示は、まだ橙色。


 袋は、水を入れると橙色になる。


 十五分で灰色へ変わる。


 午後三時に加温したなら、とっくに灰色のはずだった。


「国見さん。配信の食事開始時刻は、本当に午後三時ですか」


「進行表では」


「映像に時刻を重ねていますか」


「配信サーバー側で」


「現場映像そのものには?」


「ありません」


 俺は画面を止める。


 壁際の非常灯。


 設備点検用の小さなアナログ時計が、透明カバーへ反射していた。


 針は、午後三時八分。


 地上は、午後三時二十六分。


「十八分」


 神代さんが言った。


 国見さんの顔が変わる。


「遅延は九十秒のはずです」


「十八分前を、生中継しています」


 その瞬間、第二層の崩落警報が鳴った。


 発生時刻、午後三時十九分。


 東回廊の帰還橋、落下。


 画面の中では、十八分前の六人が、まだその橋へ向かって歩いていた。


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