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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第三事件 帰還済みの救難信号

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14/15

帰還済みでも、置いては帰れない

 救助隊が迷宮へ入って四分後、古賀は設備を再起動しようとした。


「何をしています」


 宮前さんが端末を取り上げる。


「逆洗を完全に止めるだけです」


「停止命令はもう出ています」


「現場の弁が閉まっただけで、制御盤は作動中です。遠隔で初期化しないと、圧力が残る」


「初期化した場合、第二弁は?」


「一度、開きます」


 柚木さんが内側から閉めた弁だった。


 開けば、溜まった水が彼のいる主配管へ流れ込む。


「触らないでください」


「設備の専門家は私です」


「人を帰す専門家は、ここにいます」


 宮前さんが俺を見る。


 少し荷が重い紹介だった。


「古賀さんを操作盤から離してください」


 市の職員が古賀を壁際へ移す。


 俺は有線端末へ戻った。


「神代さん、聞こえますか」


『聞こえる』


 声の後ろで、靴が水を踏む。


『第一分岐を通過。椎名の速度が落ちてる』


『行けます』


 椎名さんの荒い息が入る。


「行けるかどうかは、神代さんが決めます」


『まだ行ける』


「了解。次の補給点まで七分。そこで膝を固定し直してください」


『時間は』


「午前八時四十一分。逆洗予定まで七十九分。ただし、五十分前を最終離脱開始にします」


『救助してなくても?』


 椎名さんが聞く。


「はい」


『置いて帰れっていうんですか』


「次の手段へ切り替えるために、一度全員帰します」


『次なんて』


『椎名』


 神代さんが遮る。


『迷宮で、撤退条件と議論するな』


 どこかで聞いた言葉だった。


 教育の成果が、本人以外へよく現れている。


『……了解』


「第二分岐の前に帰還索を固定。帰りは目印を探さず、索だけをたどってください」


『真壁』


「何です」


『水の音が大きい』


 神代さんの声が低くなる。


 俺は設備図と圧力計を見比べる。


 第二弁の上流側。


 数値は毎分〇・〇三ずつ上がっている。


 完全停止ではない。


 どこかの副管から逆流している。


「古賀さん。副管はいくつあります」


「契約情報です」


「人命情報になりました」


「……三本」


「図面には二本です」


「去年、仮設管を一本増やした」


「市への変更届は」


「工期が終われば撤去する予定だった」


 期限を過ぎた仮設設備は、現場ではよく恒久設備になる。


 責任だけが仮設のまま残る。


「位置は」


 古賀は黙る。


 宮前さんが机へ手を置いた。


「いま答えれば、救助協力として記録します。黙れば、未届設備による救助妨害です」


「第二分岐の南壁。床上四十センチ」


 俺は図面へ赤線を引く。


「神代さん。仮設副管が南壁を通っています。直径は」


「百ミリです」


「百ミリ。閉止弁は?」


「ない。工事用だから」


「どこまでが仮設なんですか」


 古賀は答えなかった。


『見つけた』


 神代さんの声。


『水が噴いてる。切る?』


「雷撃は使わないでください」


『聞いただけ』


「配管は樹脂です。切れば上流の水が全部出ます。補修帯と木栓を」


 市の設備救助員が作業に入る。


 映像が揺れる。


 黒い水。


 狭い通路。


 壁面に沿って、申請図面にはない白い管が走っている。


 継ぎ目から水が噴き出していた。


 椎名さんが膝をつく。


『俺が押さえます』


『膝は』


『曲げなければ平気です』


『いま曲げてる』


『痛いです』


『正直でよろしい』


 神代さんが補修帯を受け取り、管へ回す。


 戦闘用の手袋では、細い金具を締めにくい。


 椎名さんが横からレンチを入れる。


 二人で噴水を止める。


 Sランク探索者の仕事としては地味だった。


 地味な仕事で人が帰るなら、それがいちばんいい。


「圧力低下。進めます」


 午前九時二分。


 救助隊は第二弁前へ到着した。


 円形の鋼鉄扉。


 閉鎖表示。


 内側の柚木さんからは、救難信号が三分おきに届いている。


 生きている。


 だが、扉の手動輪は外側から空回りした。


『軸が外されてる』


 椎名さんが言う。


「点検前から?」


『いや。柚木が外した。逆洗の圧力で勝手に開かないように』


「戻す方法は」


『内側から軸を差すしかない』


「別経路」


『沈砂槽の点検口』


「通れますか」


『人一人なら。でも水が溜まってる』


 設備図では、点検口まで三十六メートル。


 水位は不明。


 行って戻るのに最低十八分。


 残り五十八分。


 最終離脱開始まで八分。


「撤退準備へ入ってください」


『真壁』


 神代さんが呼ぶ。


「八分では、点検口から戻れません」


『戻る経路を変える』


「説明を」


『柚木を出したら、第二弁の内側を通って西側の非常梯子へ上がる。椎名は来た道を帰す』


「二手に分かれる」


『帰還索は椎名側に残す。私は柚木と非常梯子』


「非常梯子の上端は」


『第一層の旧ポンプ室。帰路亭の物資庫から近い』


 俺は図面をめくる。


 旧ポンプ室。


 第1事件で使った保守坑道から、地上まで二百八十メートル。


 閉鎖扉は一枚。


「扉は施錠されています」


『鍵は?』


「地上側の緊急物資庫に保管」


『誰が持ってる』


 神代さんが聞く。


 俺は一瞬、黙った。


 予備鍵の束には、裏口と物資庫だけでなく、旧ポンプ室の封印鍵もつけていた。


「神代さんです」


『なら開く』


「迷宮内から鍵を使う日が来るとは思いませんでした」


『持たせた人の計画不足』


「反省は地上でします」


『よろしい』


 余計なところまで覚えている。


 俺は時間を計算し直す。


 神代さんと設備救助員一名が点検口へ。


 椎名さんともう一名は、第二弁前で軸の復旧準備。


 柚木さん救出後、神代さんたちは西側非常梯子。


 椎名さんたちは帰還索で東保守坑を戻る。


 二経路。


 両方に通信。


 両方に水。


 両方に帰還札。


「変更を承認します。午前九時二十八分までに点検口へ到達できなければ中止」


『了解』


「神代さん」


『何』


「鍵をなくさないでください」


『柚木とどっちが大事?』


「比較対象にしないでください」


『了解』


 映像が走り出す。


 点検口までの通路は、膝下まで水があった。


 神代さんは雷を使わない。


 水中で使えば、救助員まで巻き込む。


 剣を鞘に入れたまま、帰還索を腰へ結び、流れに逆らう。


 午前九時二十五分。


 点検口へ到達。


 金網を外す。


 暗い主配管の中から、かすかな声がした。


『……誰か』


『神代凛花』


『え』


『救助に来た』


『本物?』


『よく聞かれる』


「本人確認を」


『名前』


 神代さんが聞く。


『椎名、拓海』


『違う』


 沈黙。


『札ではなく、あなたの名前』


 水の音の向こうで、息を吸う音がした。


『柚木、春人です』


 初めて、本人の声で名前が記録された。


「救助対象を確認」


 俺はホワイトボードの氏名不明を消す。


 柚木春人。


『左腕を切りました。止血済み。歩けます』


「弁軸を戻せますか」


『はい。でも戻したら、水が』


「外側で椎名さんが受けます」


『椎名さん?』


『来てる』


 神代さんが答える。


『膝を痛がりながら』


『なんで』


『本人に聞け』


 柚木さんが笑った。


 その直後、警報が鳴る。


 午前九時三十七分。


 逆洗制御盤が、停止命令を異常終了として解除した。


 開始まで二十三分。


「弁軸復旧。今から三分以内」


 柚木さんが内側から軸を差す。


 外側で椎名さんが受ける。


 同じ金属棒を、扉の両側で二人が支える。


『入りました!』


『回すぞ、柚木!』


『はい!』


 手動輪が回る。


 扉が十センチ開く。


 水が噴き出す。


 神代さんが柚木さんの胴へ帰還索を回し、点検口側へ引く。


 椎名さんたちは手動輪を固定し、東側へ撤退。


 午前九時四十二分。


 救助対象、第二弁から離脱。


「二班とも帰還開始」


『了解』


 東班は帰還索をたどる。


 西班は非常梯子を上がる。


 柚木さんの左腕は動く。


 出血は止まっている。


 意識清明。


 神代さんの糖質パックは、残り四本。


「食べるのが早い」


『一本は柚木に渡した』


「では残り五本では」


『一本は私が食べた』


「正直でよろしい」


 午前九時五十三分。


 東班が地上へ帰還。


 午前九時五十六分。


 旧ポンプ室の封印が、内側から開く。


 神代さんが先に出た。


 濡れた髪。


 泥だらけの装甲。


 右手に、予備鍵。


 左手で、柚木さんの肩を支えている。


「鍵はあります」


「人を先に報告してください」


「柚木もいる」


「確認しました」


 柚木さんは自分の足で境界線を越えた。


 医療班が引き取る。


 宮前さんが本人確認票を持って待っていた。


「柚木春人さん。帰還時刻、午前九時五十六分」


 端末へ氏名を入力する。


 赤い警告が出た。


 該当する入域者はいません。


 帰還処理不可。


 代わりに、椎名さんの帰還履歴が更新された。


 午前五時五十二分。


 午前九時五十六分。


 同じ一人が、同じ入域から二度帰ってきたことになっている。


 柚木さん本人は、目の前にいる。


 呼吸している。


 血も流している。


 それでも端末は、彼の帰還を拒否した。


 記録上、柚木春人という人間は、まだ迷宮へ入ってすらいなかった。


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